映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ノマドランド」

ノマドランド」
2021年3月27日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後4時10分より鑑賞(スクリーン9/D-9)

~美しい大自然の映像とともに綴る車上生活者たちの生き様

今年のオスカー最有力候補ともいわれる映画「ノマドランド」。ジェシカ・ブルーダーの世界的ベストセラー・ノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』を、「ザ・ライダー」で高く評価された新鋭クロエ・ジャオ監督が映画化した。アメリカ西部を旅する車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美とともに描いたロードムービーだ。

ネバダ州の企業城下町に暮らしていた60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、夫に先立たれ、企業の倒産で長年住み慣れた我が家を失う。バンでの車上生活を始めた彼女は、アマゾンの配送センターなど各地の職場を転々としながら、同じ境遇の人々と交流していく。

ファーンは金融危機のあおりを食って車上生活者となった、いわば社会の犠牲者だ。だが、そこに悲壮感はない。ジャオ監督はことさらに彼女たちノマドの暗い面を強調せず、むしろたくましさを映し出す。

特筆すべきはその撮影方法だ。少人数のクルーで約半年に渡って西部を旅し、実際のノマドを多数キャストに起用している。彼らの生活にとけ込み、その実像を映し出す。フィクションとはいえ、きわめてドキュメンタリー色の強い作品だ。

何といっても圧倒されるのはその映像美である。ファーンたちが暮らす荒野や岩山は、ひたすら美しく詩情にあふれ、その雄大さの前では、人間など取るに足らない存在に見えてくる。

そんな中、自ら車上生活を選択したファーンは、「ホームレスではなくハウスレスなのだ」と力強く宣言するのだ。

それにしても楽しそうな生活である。アマゾンの配送センターでリンダという女性と知り合ったファーンは、彼女の誘いでアリゾナで開かれるノマドの集会に出かける。そこではノマドのカリスマのような人物が中心になって、お祭りのようなイベントが行われる。

ある意味、危機に陥った高齢者たちが、それを逆手にとってノマドという生き方を楽しんでいるようにも見える。世間のしがらみを断ち切って、自由気ままに生きる喜びが伝わってくる。

とはいえ、それは孤独と隣り合わせの生活だ。彼らの多くは訳あってノマドになったのであり、その寂しさを押し隠して生きている。死に際に誰にも看取ってもらえない可能性も高い。そして車上生活ゆえの、不便さにも事欠かない。

それでも、たくましく彼らは進んでいく。ファーンも職を転々としながらも、キャンピングカーの駐車場などに車を停めて、車上生活を続ける。

だが、転機が訪れる。ファーンの車が故障したのだ。修理代は高いが、夫との思い出が詰まった車を手放す気はさらさらなかった。その修理代を借りるため、ファーンは妹の家に出かける。そこで彼女の心が揺れる。

また、元ノマドで今は息子たちと共に定住した男から、ファーンは「一緒に暮らそう」と誘われる。それもまた一瞬、彼女を迷わせる。

そしてラストでファーンはかつて住んでいた町を再び訪れる。

後半になるにつれて、ファーンの心の内が露わになる。それまでも、折々に顔を見せていた深い喪失感が、彼女を今も強く支配していることがわかる。

ノマドたちは、「この生活の素晴らしいところは最後の“さよなら”がないことだ。“また路上で会おう”と言うだけだ」と語る。実際、彼らは何かの機会にまたひょっこりと再会する。それは生者との再会だけでなく、死者との再会も含まれるのだろう。今はこの世にいない者に再会するために、今日もファーンは車を走らせるのだ。

フランシス・マクドーマンドの演技が絶品だ。本物のノマド生活者と言ってもいいぐらい、違和感のない演技を披露している。その存在感は圧倒的だ。

本作はファーンや様々なノマドたちの人間ドラマである。そこにある自由、孤独、たくましさ、覚悟、喪失感……。様々なものがないまぜになって、観客に「生きる」意味を問いかけてくる。

 

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◆「ノマドランド」(NOMADLAND)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンドデヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、ボブ・ウェルズ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html