映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」

「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」
2021年3月31日(水)テアトル新宿にて。午後12時30分より鑑賞(C-11)

~不条理で乾いた笑いの先に見える戦争の恐ろしさ

よくぞこんな風変わりな、しかも新人監督の映画を一般公開したものである。映像産業振興機構(VIPO)が、文化庁委託の人材育成事業の一環として製作に参加した半官製映画らしいが、官もなかなかやるものだ。「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」というこの映画、乾いた笑いの向こうに骨太なメッセージが見える反戦映画である。

昭和レトロっぽい雰囲気が漂う舞台装置だが、時代は特に限定していないようだ。津平町は川向こうの太原町と交戦中である。戦闘時間は午前9時から午後5時まで。町で兵隊として暮らす露木(前原滉)は、毎日出勤して持ち場につき、サイレンを合図に川向こうに向かって発砲を開始する。いつから、なぜ戦っているのかは誰も知らない。「撃てと言われた場所を撃っていれば大丈夫」なのだ。

シュールで不条理な世界が展開する。役者のセリフは棒読み。しかも無表情を通す。まるで操り人形のように演技をするのである。もちろん、これは池田暁監督の狙いによるものだろう。どうでもいいようなやり取りが繰り返され、それが乾いた笑いを生み出す。

特に傑作なのが、受付係の女の受け答えだ。兵士の出勤・退勤を管理するのだが、技術者と称する男が来ると「兵士でないから入れない」と言い、「でも、今日から来るように言われた」と主張する男と押し問答になる。それを延々と繰り返すのだ。

傷病兵とのやりとりも笑える。戦争で腕をなくした男が、「仕事がないと困るから兵隊に戻して欲しい」と言う。すると女は分厚い書類に書かれた質問をする。「目は見えますか?」。男が「ケガしたのは腕だから見えるに決まっている」と答えると、「簡潔に答えなさい!」と逆ギレして鉛筆を投げつけるのだ。このやりとりも延々と繰り返される。

そもそもここで行われている戦争からしてどこか変だ。川岸に腹ばいになってじっと戦闘時間が来るのを待つ。時間が来ると時計係はいきなり川原に寝転んで、上官の指示で戦闘が始まる。と言っても、腹ばいのまま銃を撃つだけなのである。

その他にも笑いどころが満載だ。ユニークな人物が次々に登場して、不思議な言動をまき散らす。息子が戦争に行っているという食堂のおばちゃん(片桐はいり)は、露木たちの言動によってご飯の盛りを増減させる。煮物屋のおやじ(嶋田久作)は「俺は何でも知っている」と豪語する。忘れっぽい町長(石橋蓮司)は何でもかんでも忘れてしまう。

観ているうちに、何となくカウリスマキの映画に通じるものを感じてしまった。あるいは不条理劇といえば、別役実の演劇にも通底するかもしれない。

やがて、露木は「楽隊」への異動を命じられる。しかし楽隊の兵舎がなかなか見つからない。そもそも楽隊があるのかどうかもはっきりしない。それでも、ようやく彼は楽隊の存在を探り当てて、そこで練習を始める。

この楽隊も変だ。隊長(きたろう)は音楽にすべてを賭けている人物だが、パワハラ紛いの言動で女子隊員を翻弄する。だが、その女子隊員がエリート隊員と結婚すると知ると、今度は手のひらを返したように別の女子隊員をターゲットにするのだ。その豹変ぶりときたら。

まあ、とにかくアホアホで笑いっぱなしである。とはいえ、その笑いの先にこの映画のテーマが見えてくる。戦争の愚かさや、目的さえわからない行為に従順に従うことのバカバカしさ、人間性のかけらもない社会の恐ろしさなどである。町長は言うのだ。「女は子供を産まねばならない」。津平町では、子供を産まない妻は離婚されてしまうのである。

だが、そんな津平町で暮らす露木に変化が訪れる。川原でトランペットの練習をする露木は、向こう岸から流れてくる調べを聞いて、その調べと合奏をするようになる。また、ある新兵は川を泳いで隣町と往復し、その情報を露木にもたらす。それが露木の心を揺さぶる。

そんな中、町は砲兵隊を組織して「新兵器」を導入する……。

終盤は、怖ろしい出来事が起きる。それまでのタッチとは違う、シリアスで戦慄するような場面である。ここに至ってこの映画が、まがいもなく骨太の反戦映画であることが明確になるのである。

うーむ、こういう手があったとは。絵空事が巻き起こす笑いが、かえってリアルさをかき立てる。寓話だからこその面白さと、怖ろしさに満ちあふれた映画だ。

 

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◆「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」
(2020年 日本)(上映時間1時間45分)
監督・脚本:池田暁
出演:前原滉、今野浩喜中島広稀清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎片桐はいり嶋田久作、きたろう、竹中直人石橋蓮司
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.bitters.co.jp/kimabon/