映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブータン 山の教室」

ブータン 山の教室」
2021年4月7日(水)岩波ホールにて。午後1時より鑑賞(自由席)

~村の大自然と人々のたたずまいが若き教師を変える

ブータン 山の教室」は、その名の通りブータン映画である。東京国際映画祭でいろんな国の映画を鑑賞しているが、おそらくブータン映画はまだ観たことがなかったと思う。

ブータンといえば、GDPやGNPではなく、GNH(Gross National Happiness・国民総幸福量)を重視する国だ。つまり、国の豊かさを幸福の度合いで測るのだ。それゆえ「世界一幸せな国」とも呼ばれるが、この映画を観るとそう単純な話でもないことがわかる。

若い教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、自分が教師に向いていないと判断し、オーストラリアに移住してミュージシャンになることを考えている。そんな中、当局から呼び出され、ブータンで最も僻地にある村ルナナの学校へ赴任するように命じられる。バスの終点から徒歩で山を登り、1週間かけて到着するのだが……。

「世界一幸せな国」のブータンだから、全国どこでも同じような暮らしをしているかと思いきや、実はそうではなかった。ウゲンが住む首都ティンプーはかなり発達した街で、若者はクラブに繰り出し、流行の音楽を聴く。

その一方で、彼が赴任させられた標高4,800メートルの高地にあるルナナの村は、人口56人。電気も通じず(不安定なソーラー発電のみ)、トイレットペーパーもなく、まさに秘境の村なのである。

そんな場所への赴任を命じられたウゲンだが、そこに行くまでが大変な道のりなのだ。バスは途中までしか出ておらず、そこで待っていた村長代理の男たちとともに、残りの道は1週間をかけて徒歩で行くのである。

「川沿いの道を行くからすぐに下りになる」という甘い言葉に乗せられて、延々と続く上り坂を歩かされるウゲン。何しろ元々嫌々出かけるのだから、心が弾むわけがない。途中で宿泊させてもらう家はひどくみすぼらしく、その後はテントに宿泊するハメになる。

ようやく村にたどり着いた時には、完全にやる気を失ってしまう。文明とはほど遠い生活を目の当たりにして、着いた早々に「やっぱり無理!」とギブアップ宣言してしまうのだ。仕方なく、村長たちはとんぼ返りすることを承諾する。

ただし、荷物運びのヤクの疲労回復のため、数日は待たねばならないという。ヤクはこの村の人々にとって重要な存在だ。

そんな中、村の子どもたちがウゲンを呼びに来る。授業をして欲しいという。彼らにとって「先生は未来に触れることができる」存在なのだ。

それにしても、この子供たち、反則級の可愛さですがな。笑顔が素敵すぎ。おまけに純朴だし。前の先生に習ったらしい片言の英語で話すところなんて、もうたまりません。特にクラス委員のペム・ザムという子の可愛さは、奇跡的ですらある。何とまあ、この子たちは本物の地元の子らしい。純朴なのも当然か。

そりゃあ、ウゲンならずとも「ここに残る!」と心変わりするのも道理だろう。

学校には黒板も紙もない。それでもウゲンは、村の人に頼んで黒板を手作りしてもらったり、防寒のために貼っておいた紙を使うなど工夫をして授業を続ける。そうやって、子どもたちと触れ合ううちに少しずつ彼の心が変化してくる。

同時にウゲンは、村で一番歌が上手い娘セデュから「ヤクに捧げる歌」を教えてもらう。さらに、ウゲンはセデュから本物のヤクをプレゼントされ、そのヤクを教室で飼うことになる。彼女との心の通い合いも、ウゲンの心に大きな影響を与える。

そして、忘れてはならないのが自然の風景である。何という美しさ、雄大さだろう。心が洗われるとはこのことだ。そんな自然の風景と、人々のたたずまいが相まって、実に穏やかでのどかな情感を与えている。

ちなみに、村人の中には酒ばかり飲んで全く仕事をしない者もいたりする。そのあたりも、ブータンの様々な面をありのままに観客に提示しようというパオ・チョニン・ドルジ監督の思いが感じられる。

ヤクの糞拾い(燃料にする)も板について、すっかり村の生活に溶け込んだウゲン。だが、冬が近づく中、決断を迫られる。

赴任の約束の期限は冬の前まで。村人や子供たちは春になったらまた来て欲しいと言う。彼らの期待に応えるのか。それとも海外で自らの夢にチャレンジするのか。ウゲンが出した結論は……。

ラストシーンはちょっぴりほろ苦い。そして、セデュから習った歌が心に染みる。ウゲンのその後が気になったりするのである。

信じられないことだが、子供たち以外の主要キャストも、ほとんどが演技初体験とのこと。主演のシェラップ・ドルジは元々歌手だそうだ。そんな初々しさもこの映画にぴったりだった。

話自体はありがちだが、ブータンの自然と人々のたたずまいが得がたい魅力を生み出している。そして、本当の幸せとは何かを問いかけてくる。なかなかに深い映画である。

 

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◆「ブータン 山の教室」(LUNANA: A YAK IN THE CLASSROOM)
(2019年 ブータン)(上映時間1時間50分)
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
岩波ホールほかにて公開中
ホームページ http://bhutanclassroom.com/