映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「明日の食卓」

「明日の食卓」
2021年5月29日(土)新宿シネマカリテにて。午後3時より鑑賞(スクリーン1/A-10)

~3人の母の苦悩と葛藤を痛いほどリアルに見せる

映画化された小説を事前に読むことはめったにないのだが、椰月美智子の「明日の食卓」は珍しく数か月前に読了していた。その「明日の食卓」を瀬々敬久監督が映画化した。

瀬々監督といえば、「ヘヴンズ ストーリー」「64-ロクヨン-」「楽園」「糸」「8年越しの花嫁 奇跡の実話」「友罪」「菊とギロチン」など代表作を挙げればキリがない、今や押しも押されもしない実力派監督だ。

“石橋ユウ”という同じ名前の息子を育てる3人の母親たちの物語である。

神奈川県に住むフリーライターの石橋留美子(菅野美穂)は、長男・悠宇と次男の兄弟ゲンカに手を焼いていた。カメラマンの夫は家事にも子育てにも非協力的だった。やがて留美子の仕事が増え、夫が失業したことから事態は思わぬ方向に進む。

大阪のシングルマザー石橋加奈(高畑充希)は、コンビニとクリーニング工場の仕事を掛け持ちしながら、一人息子の勇を育てていた。だが、ある日、彼女はクリーニング工場を首になってしまう。おまけに、自分の弟に預金通帳を奪われてしまう。

静岡の専業主婦・石橋あすみ(尾野真千子)は、聞き分けの良い息子の優が自慢だった。
ところがある日、同級生の母親から、優がイジメをしていると電話がかかってきたことから、運命の歯車が狂い始める。

何しろ小説の映画化だから、すべてを詳細に描けるわけではない。はしょっているところもかなりある。小説ではそれなりの枚数をかけて描いているのに、セリフの説明ひと言で終わってしまうところもある。

それでも観応えは十分だ。直接は交わらない3つの物語を並行して展開し、それぞれの心の揺れ動きを余すところなく描いてみせるあたり、さすが瀬々監督である。お得意の手持ちカメラを使ったり、ホラー的な場面を取り入れたりと様々な工夫をして、3人の母親たちの苦悩と葛藤を浮き彫りにしている。相変わらず人物の心理描写はピカイチである。

ちなみに先に小説を読んでいたので、ストーリー展開は見え見え。ある子供がサイコパス少年の本性を現す……などというのも、事前にわかってしまっていたが、それでも興味が失せることはなかった。

ここに描かれているのは、夫とのすれ違い、仕事と育児の両立、シングルマザーの貧困など、世間の母親たちが直面しがちな問題だ。そこには社会の呪縛もある。母親はこうであるべきだ。こうでなければならない。そんな世の中の硬直化した常識が、彼女たちを苦しめる。

男性キャラクターの幼稚で無責任な言動も目立つ。小説では時間をかけて描いているので、彼らにも彼らなりの理屈があるらしいことがわかるが、映画になるとストレートにその言動の愚かさが見えてくる。もはやただのバカ男である。

一度崩壊しかけるともう止まらない。完璧な母親であろうとするがあまり、3人の母親たちの苛立ちと怒りの矛先は子供たちに向けられていく。後半には、それがクライマックスに達する。3人の母親の破滅へのプレリュードがシンクロするのである。

彼女たちが我が子の首に手をかけるシーンには、ただ戦慄するしかないが、同時にそこにギリギリまで追い詰められた母親たちの哀しみが漂う。

実は本作の冒頭では、あるシーンが描かれる。それはもう一人の「ユウ」が殺されるシーンである。終盤では、その犯人と留美子が対面する。そのことを通して、彼女たちとて一歩間違えば、我が子を殺してしまう可能性があることを印象付ける。それほど母親たちは追い詰められているのだ。

ラストの展開は原作とは違う。映画では最後に「母子の愛」を前面に打ち出し、「飛行機雲」を共通の風景として提示して「希望」の光を灯す。そこに作為性を感じないでもなかったが、どうしてもラストに希望を見せたいという瀬々監督の思い(脚本の小川智子も)は理解できる。

いずれにしても、日本の母親の置かれた過酷な環境を浮き彫りにし、その苦悩と葛藤をリアルすぎるほどリアルに見せた優れた作品だと思う。特に母親を経験した人なら、共感するところが多いのではないだろうか。

3人の主演女優の演技が圧巻だ。菅野美穂は、後半の破滅へと向かいかける表情が絶品。尾野真千子は、「茜色に焼かれる」とはまた違った母親像を見せている。高畑充希は、過去にあまり母親役の印象がないが、表面的には元気なのにさりげなく影を見せる演技が素晴らしい。

山口紗弥加真行寺君枝大島優子渡辺真起子菅田俊烏丸せつこなどの脇役の存在感が際立つのも本作の魅力だ。

 

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◆「明日の食卓」
(2021年 日本)(上映時間2時間4分)
監督:瀬々敬久
出演:菅野美穂高畑充希尾野真千子、柴崎楓雅、外川燎、阿久津慶人和田聰宏大東駿介山口紗弥加山田真歩水崎綾女、藤原季節、宇野祥平真行寺君枝大島優子渡辺真起子菅田俊烏丸せつこ
*新宿シネマカリテほかにて全国公開中
ホームページ https://movies.kadokawa.co.jp/ashitanoshokutaku/