映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「クローブヒッチ・キラー」

クローブヒッチ・キラー」
2021年6月13日(日)新宿武蔵野館にて。午後2時より鑑賞(スクリーン3/C-3)

~父はシリアルキラーなのか?少年の疑念の行く末は……

クローブヒッチ・キラー」は、連続猟奇殺人事件を題材にした映画。ただし、直接的な猟奇描写はほとんどない。「自分の父親はシリアルキラーではないのか?」という疑念にとりつかれた16歳の少年の不安な心を描いた心理ドラマである。

保守的な田舎町に暮らす16歳の少年タイラー(チャーリー・プラマー)は、ある日、ボーイスカウトの団長も務め、町でも信頼の厚い父親ドン(ディラン・マクダーモット)が、いかがわしい写真を持っていることを知る。さらに、ドンの小屋に忍び込み、猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真を見つけてしまう。ドンこそが、未解決のままに終わった10年前の連続殺人事件の犯人“クローブヒッチ・キラー(巻き結び殺人鬼)”なのではないかと疑い始めたタイラーは、一人で事件を調べていた変わり者の少女カッシ(サマンサ・マシス)に協力を求め、一緒に事件の謎を追い始めるのだが……。

舞台となるのはケンタッキー州の小さな町。熱心なキリスト教徒が多く住む保守的な町だ。そんな町で起きた10年前の連続殺人事件は人々を震撼させ、その犯人は“クローブヒッチ・キラー”と呼ばれたが、未解決のまま今日まできている。10年前を境に、犯行はぴたりと止まった。

その町に住むタイラーは、ボランティア活動にも積極的に参加する模範的な少年だ。その彼が、父の車を拝借して女の子に会いに行ったら、車の中から SM緊縛写真が出てきたのである。何しろ父親のドンは、地元の名士で家族にも優しい人物(ちなみに家族はタイラーの他に母と幼い妹がいる)。それだけに大ショックである。

しかも、女の子はその写真がタイラーのものだと勘違いして、「タイラーは変態だ!」という噂まで流す始末。

さらに、タイラーがドンの小屋に忍び込んでみると、そこには猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真が……。その中には、10年前の事件の被害者のものらしき写真まであるではないか!

こうなればタイラーならずとも、疑念が疑念を呼んで収拾がつかなくなるところ。「俺の父ちゃんはシリアルキラーなのか?」という思いが頭を支配し、不安で仕方なくなるはず。これまでの日常が、根底から揺らぎだすだろう。

タイラーは、事件をずっと追いかけている変わり者の少女カッシと知り合い、相談をする。本心では、父親がシリアルキラーだなどとは信じたくないタイラーだが、一度芽生えた父親ヘの疑念は、もはや止めようがない。それどころかどんどん大きくなっていく。

これが長編2作目となるダンカン・スキルズ監督と、脚本家のクリストファー・フォードは、タイラーの揺れ動く心理をリアルに映し出す。同時に過去の陰惨な出来事を覆い隠してきた町に不穏な風を吹かせ、観客に危うい結末を予期させる。

タイラーの追求に気づいた父のドンは、意外な事実を彼に告げる。シリアルキラーは、自分ではなくタイラーの叔父だというのだ。その事実を知られた叔父は10年前に自ら交通事故を起こし、車いす生活になった。ドンが隠し持っていた資料の数々は、警察に引き渡すべきか、遺族に渡すべきか、決断がつかずにそのままになっていたというのである。

「なーるほど、そういうことか!」とタイラーは納得……できるはずもない。しかし、心のどこかに父親の無実を願う気持ちがあっただけに、一応はそういうことかと思い込むのだった。

だが、しかし、カッシはそんなことでは納得しない。彼女はドンが犯人であることを確信していた。ちなみに、彼女は実はある女性の娘であることが明かされる。なるほど、だから執念深く事件を追っていたわけか。

やがて転機が訪れる。タイラーは研修でしばらく家を不在にすることになる。また、タイラーの母と妹は実家へ帰ることになる。残されるのは父のドンだけだ。はたして、そこで何が起きるのか。

ここで驚くべき演出が飛び出す。ドラマの進行を一度止め、その視点と時間軸を切り替えて再度観客に提示するのだ。この手法の効果は絶大で、最後まで緊張感が途切れない。巧みな話術で観客を引き込む。

結局のところ、真犯人が誰かは伏せておくが、最後に待ち受けているのはほろ苦いラストだ。カタルシスとは無縁。けっして誰もがスッキリするようなエンディングではない。

ただし、主人公の苦悩こそがこのドラマの主題だとするなら、このほろ苦いエンディングはそれにふさわしいものと言えるだろう。大人への成長の通過儀礼と呼ぶにはあまりにも痛々しいが、タイラーはこの苦難を彼なりに受け止めたのだ。何よりも母と妹を守るために。

ボーイスカウトの団長に任命されたタイラーと、それを見つめるカッシの複雑な表情が多くのことを物語っている。

主役のチャーリー・プラマーは、「荒野にて」で注目を浴びた若手俳優。あの時の繊細な演技は今回も健在。揺れ動く主人公の姿を見事に演じていた。父親役のディラン・マクダーモット、カッシ役のサマンサ・マシスも、存在感十分の演技だった。

 

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◆「クローブヒッチ・キラー」(THE CLOVEHITCH KILLER)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間50分)
監督:ダンカン・スキルズ
出演:チャーリー・プラマー、ディラン・マクダーモット、サマンサ・マシス、マディセン・ベイティ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームぺージ https://clovehitch-killer.net-broadway.com/


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