「少年の君」
2021年7月23日(金・祝)Bunkamuraル・シネマ1にて。午後2時30分より鑑賞(B―6)
~痛切で過酷な優等生の少女と不良少年の魂のふれあい
長尺の映画を観るには体力的にまだ不安なのだが、2時間15分程度なら何とかなるだろう。
というわけで、この日は渋谷のBunkamuraル・シネマにて、中国・香港映画「少年の君」を鑑賞。
映画の冒頭に「この映画がいじめ問題の抑止になることを願う……」というメッセージが流れる。また、映画の最後には「この出来事がきっかけで様々ないじめ対策が進んだ……」という説明もなされる。これを見て、何だかお説教臭いと思うかもしれないが、とんでもない。いわゆる教科書的な映画とは無縁な作品である。
進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)。全国統一大学入試(高考)を控え殺伐とした校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜めて日々をやり過ごしていた。そんな中、同級生がいじめを苦に自殺する事件が起こる。ニェンは無遠慮に向けられるスマホのカメラと、生徒たちの視線に耐えられず、思わず遺体に自分の上着をかける。
すると、そのことをきっかけに今度はニェンがいじめの標的になる。そんなある日、下校途中の彼女は集団リンチを受けている少年を目撃し、その少年シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)をとっさに救う。やがてニェンはシャオベイにボディガードをしてもらうようになるのだが……。
優等生と不良という対極的な存在のニェンとシャオベイ。だが、孤独なのは共通している。ニェンの母親や彼女の学費のため犯罪まがいの商売をしている。家には不在がちで借金取りに追われている。一方のシャオベイは親に捨てられ、学校にも行っていなかった。そんな2つの孤独な魂が交錯する。
映画はニェンとシャオベイの心のふれあいを繊細に描き出す。お互いのすれ違いや共鳴をみずみずしく見せていく。それはこれ以上ないほどピュアな純愛だ。シャオベイの家で2人がともに過ごす時間がキラキラと輝いている。
などというと、初々しいロマンス物語を想像するかもしれない。だが、ここで描かれるのはもっと痛切で過酷な現実だ。
ニェンは、自殺した女子生徒がいじめられていたことを警察に告げる。そのことで、いじめていた生徒たちは停学になるものの、高考を受けることは許される。そして、このことがさらにニェンを追い詰めていく。
ニェンに対する執拗で陰湿ないじめの防波堤になっていたのがシャオベイだ。彼はニェンに影のように寄り添い、いじめていた生徒たちに警告していた。だが、あることからシャオベイ不在の一夜が生じる。そして、その一夜にニェンは壮絶なリンチを受ける。
その出来事の後で、2人がともに髪を切り坊主頭になるシーンが印象的だ。ニェンはリンチで髪を切られていたのだが、それを丸坊主にし、さらにシャオベイも同じ髪型にする。そこには2人の様々な感情が渦巻いている。この映画には、こうした鮮烈で衝撃的な名シーンがいくつもある。
学園ドラマの趣でスタートした映画は、壮絶なイジメや過酷な受験戦争、社会から落ちこぼれた人々など中国が抱える社会問題をあぶり出しつつ、純愛映画からサスペンス、そしてフィルムノワールと多様な表情を見せていく。
終盤はいよいよ高考の日。雨の中、多くの受験生が集まり、試験に臨む。その中にはニェンもいる。そして、まさにその時、殺人事件がドラマに絡みつく。発見された生徒の遺体。犯人は誰なのか。ニェンとシャオベイの胸にある思い。真実とウソ。
事件の真相を知った刑事がニェンにある罠を仕掛ける。そこからドラマは急展開を見せる。ニェンが警察でシャオベイと対峙する場面は、この映画で最大の名シーンだろう。言葉はないものの、2人の視線が、そして表情が多くのことを物語っている。
ほろ苦く痛切な後味を残して、ドラマはいったん終幕を迎える。だが、その後に描かれる後日談を見逃してはならない。冒頭のシーンとひと続きになるその場面では、微かな希望の火が確実に灯るのである。
様々な要素を変幻自在に行き来し、独特の映像美にあふれた作品に仕上げたデレク・ツァン監督が素晴らしい。もともと俳優で、「インファナル・アフェア」シリーズでおなじみのエリック・ツァンの息子だという。
そして主演のチョウ・ドンユイは、ほとんど無表情を通しながら、その下から繊細な感情の揺れ動きを表現する演技が見事だった。チャン・イーモウ監督の「サンザシの樹の下で」(2010)のヒロイン役に抜擢されてデビューし、中国では「13億人の妹」と呼ばれているというが、ただ可愛いだけではないのだ。
一方、相手役のイー・ヤンチェンシーも堂々たる演技。ピュアさを持った不良少年を好演している。ちなみに彼はアイドルグループ「TFBOYS」のメンバーだそうだ。
第39回香港電影金像奨で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞。第93回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされたというが、それに恥じない作品だ。単にいじめ問題を扱った映画というだけでなく、様々な側面を持った見事な青春ストーリーである。
◆「少年の君」(BETTER DAYS)
(2019年 中国・香港)(上映時間2時間15分)
監督:デレク・ツァン
出演:チョウ・ドンユイ、イー・ヤンチェンシー、イン・ファン、ホアン・ジュエ、ウー・ユエ、チョウ・イェ、チャン・ヤオ、チャン・イーファン
*新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
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