映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アジアの天使」

「アジアの天使」
2021年7月26日(月)テアトル新宿にて。午前10時50分より鑑賞(A-11)

~問題を抱えた2組の家族の行き当たりばったりの旅

最近の石井裕也監督は、「生きちゃった」「茜色に焼かれる」と意欲作を立て続けに発表している。「アジアの天使」は、その石井監督がオール韓国ロケで撮り上げたロード・ムービーだ。

妻を病気で亡くした売れない小説家の剛(池松壮亮)は、幼い息子・学を連れて、韓国・ソウルに兄の透(オダギリジョー)を訪ねる。透は「韓国で良い仕事がある」と剛を誘っていたが、実は怪しげなビジネスに手を染めていた。しかも、現地の共同経営者が財産を持ち逃げしてしまう。透は再出発のため剛とともに海沿いの江陵を目指す。一方、落ち目の元アイドル歌手ソル(チェ・ヒソ)は、兄と妹とともに両親の墓参のため江原道に向かっていた。電車の中で出会った2組は一緒に旅をする。

問題だらけの2つの家族のドラマだ。兄の透は調子はいいものの、ちゃらんぽらんでだらしがない。弟の剛は妻を亡くした心の傷を抱え、日本を出たものの主体性がなく韓国語も話せない。兄弟の関係はギクシャクする。

一方のソルは、所属事務所の社長と関係を持ち、プライドを捨てられず歌にしがみついている。家族に対しては高飛車で、兄と妹との関係は険悪だ。

そんな2組の家族が偶然出会い、旅をともにする。それは行き当たりばったりの旅だ。江陵を目指していたはずの透は、気まぐれにソルたちの墓参に参加する。だが、順調には進まない。迷子になったり、ソルが急病になったりとトラブルが続く。その様子をユーモアを交えながら描き出す。

そうするうちに、最初はすれ違っていた2組の家族の心が通い始める。それぞれの家族同士の絆も結び直される。

そのハイライトはソルの両親の墓参だ。墓の前に集まった2組の家族は、そこですっかり打ち解ける。

とまあ、このあたりまではロード・ムービーによくあるパターンだ。だが、映画はまだまだ続く。墓参を終えたものの離れ難い一同は、墓の掃除をしてくれたソルの叔母の家になだれ込むのだ。

そこで彼らはさらに交流を深める。透は言う。韓国で必要な言葉は2つだけだ。「メクチュチュセヨ(ビールください)」「サランヘヨ(愛してます)」。ソルに気がある剛は「サランヘヨ(愛してます)」を言いに行くが、結局言い出せずに終わる。

まもなく、学が行方不明になる。2組の家族は必死に捜索する。その後、学は警察に保護され、彼らは海へ行く。そこで、剛と学は親子の絆を再確認する。

さらにソルは、そこで奇跡の体験をする。剛と透とソルは、路上で天使を目撃した共通の経験がある。その天使が再びソルの前に現れる。その容姿はさえないアジアの中年男。そう。「アジアの天使」というタイトルはここから来たものなのだ。

というわけで、終盤はかなり慌ただしい感じだ。おまけにファンタジー的な要素もある。あっけにとられる人もいそうだが、石井監督の思いがこもった展開なのは間違いがない。

石井監督は、言葉などなくても思いさえあれば心が通じることを明確にうたう。それは国境も民族も越える。

同時に、本作には人間に対する全肯定の姿勢が貫かれている。傷ついたり、もがき苦しんだりしながらも、それでも前を向こうとする人々に対して「それでいいのだ」と優しく見つめる視線がそこにはある。だから、この映画は心地よいのである。

「生きちゃった」「茜色に焼かれる」とはまったくタイプの違う作品(もちろん共通する要素もあるが)。石井監督の幅の広さを改めて思い知った。

ところで、ソル役の俳優をどこかで観たことがあると思ったら、「金子文子と朴烈(パクヨル)」のチェ・ヒソだったのね。

ちなみにテアトル新宿には、「odessa」という音響システムが導入されたとのこと。しかも「アジアの天使」は、石井監督が調整を実施して最適化した「creator's optimization」としての上映。なるほど、確かに良い音をしていたな。まあ、それ以上のことは音響の専門家じゃないからわからなかったが。

 

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◆「アジアの天使」
(2021年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本:石井裕也
出演:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョーキム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌、芹澤興人
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://asia-tenshi.jp/

 


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