映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「返校 言葉が消えた日」

「返校 言葉が消えた日」
2021年8月19日(木)TOHOシネマズシャンテにて。午後1時45分より鑑賞(スクリーン2/D-11)。

~ホラー映画を通して描く台湾の暗黒の歴史

危険はなるべく回避したい。だから、混雑した映画館にはなるべく行かないようにしている。どうしても観たい映画は、公開からしばらく経ってから、平日の空いた回に行くようにしている。

というわけで、この日観たのは台湾映画「返校 言葉が消えた日」。公開からすでに3週が過ぎて、土日はともかく平日はさすがに観客が少ない。予約した席の列に座るのは私のみ。前後の至近距離にも観客はいない。これならまあ安全だろう。

さて、この映画を語る前に押さえておきたい歴史的事実がある。台湾では1947年以降、40年間にわたって戒厳令が敷かれ、蒋介石率いる国民党が反体制派に対して厳しい政治的弾圧を行った。国民に相互監視と密告が強制され、反体制派とみなされた多くの国民が投獄・処刑された。この政治弾圧を「白色テロ」と呼ぶ。

この白色テロをテーマにして、1989年にホウ・シャオシェン監督が「悲情城市」を、1991年にエドワード・ヤン監督が「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」を描いている。

「返校 言葉が消えた日」も白色テロを描いた作品だ。だが、そのスタイルは極めてユニークだ。ミステリー仕立てのホラー映画の体裁で、台湾の暗黒の歴史をあぶり出しているのである。それもそのはず、この映画は2017年に発売された台湾の大ヒットホラーゲーム「返校」の実写映画化だという。監督は本作が長編映画デビューとなるジョン・スー。

冒頭は正統派のドラマの趣で始まる。1962年、翠華高校の朝の登校風景。一人の生徒が教官に呼び止められる。鞄の中を見せろというのだ。だが、鞄の中には発禁本が入っていた。見せれば重罪を免れない。その時、窮地の彼に友人が近づき機転を利かせてピンチを救う。実は彼らは放課後の備品室で、隠れて発禁本を読む読書会のメンバーだったのだ。

そこから先はいよいよホラー映画の幕が開く。ある日、翠華高校の女子生徒ファン(ワン・ジン)が放課後の教室で眠りから目を覚ますと、なぜか校内は不気味に静まりかえり、廃虚と化していた。校内を一人彷徨う彼女は、やがて秘密の読書会のメンバーで、密かにファンを慕う後輩の男子生徒ウェイ(ツォン・ジンファ)に遭遇する。一緒に学校から脱出しようとする2人だったが、どうしても外に出ることができない。そして、次々と悪夢のような光景が襲いかかって来る……。

迷宮に閉じ込められたファン。彼女が体験する悪夢的世界はまさしくホラー映画そのものである。ファンの後を追ってくる不気味な女子生徒、血まみれの学校職員、そして「共産党のスパイの告発は国民の責務」とつぶやきながら襲ってくる怪物。ジャパニーズ・ホラーも顔負けの恐怖がスクリーンを包む。

そんな現在進行形の恐怖の合間に、回想シーンも挟まれる。翠華高校で起きた怖ろしい出来事。その元凶となったファンと教師の淡い恋模様。そしてファンの両親の不和と父親の不正行為。それらが絡み合い、現実のドラマがあらぬ方向に転がっていく。

悪夢のパートはさらにエスカレートしていく。おぞましい拷問や首つり。首の取れた人形。頭に麻袋をかぶせられた生徒たち。虚実が入り乱れ、観客の心に不穏な風を巻き起こす。赤い血の色を強調した色彩と同時に、モノクロ映像を効果的に使うなど映像も鮮烈だ。

そうするうちに映画は、密告者は誰かという謎の答えにたどり着く。それは浅はかではあるが、純な心ゆえの行動だった。だからこそ最後に描かれる現代のエピローグが物悲しく切ないのである。

主演のワン・ジンは14歳で小説家としてデビューし、その後女優になった変わり種。その純粋無垢な風情が悪夢の世界に、さらなる恐怖をもたらしている。

ホラー映画といえば、テーマ性の薄い作品が多いが、この作品には強烈なメッセージが込められている。それは言うまでもなく、台湾の暗黒の歴史を知らない人に、何が起きたのかを知ってもらうことだ。ホラー映画の恐怖と、密告と弾圧の恐怖をリンクさせることで、身をもってその恐ろしさを体感してもらおうというのである。

その試みは見事に成功し、本作は台湾で大ヒットとなり、民主化後に生まれた世代も当時を知る世代も劇場に足を運んだという。

虚実入り乱れる恐ろしい迷宮世界をさまよう主人公。その果てに現れるのはおぞましい現実世界の在りよう。多くの観客に過去の歴史を知らしめるのに、こういう手があったとは!斬新で刺激的な一作である。

 

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◆「返校 言葉が消えた日」(返校 Detention)
(2019年 台湾)(上映時間1時間43分)
監督:ジョン・スー
出演:ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンボー、チョイ・シーワン、リー・グァンイー、パン・チンユー、チュウ・ホンジャン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://henko-movie.com/

 


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