映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「子供はわかってあげない」

子供はわかってあげない
2021年8月24日(火)テアトル新宿にて鑑賞。午後2時50分の回(B-12)

~ひと夏のまぶしい輝きと戸惑いと成長

上白石萌音上白石萌歌の区別がつかない。いや、そもそも「舞妓はレディ」「ちはやふる」などで萌音の演技は観ているのだが、萌歌の作品はたぶん観たことがない(テレビドラマは観ないし)。

というわけで、初めて上白石萌歌の演技を観た。主演映画「子供はわかってあげない」。田島列島の同名漫画の実写映画化だ。監督は「南極料理人」「横道世之介」などの沖田修一。沖田監督は「モリのいる場所」「おらおらでひとりいぐも」と、ここのところ高齢者が主人公の映画が続いていたが、今回は一転してキラキラした青春映画である。

冒頭はいきなりアニメで幕を開ける。「魔法左官少女バッファローKOTEKO」。セメント伯爵だの、使い魔モルタルだの、コンクリ太郎とやらが出てくる。かなりマニアックなアニメだ。

そのテレビアニメを見ているのが主人公の高校2年生、朔田美波(上白石萌歌)。「魔法左官少女バッファローKOTEKO」が大好きな彼女は、涙を流しながら鑑賞し、主題歌を歌い踊る。そして、同じくアニメ好きの彼女の父(古舘寛治)も一緒に歌い踊る。

この場面を見ただけで、この一家が幸せ家族であることがわかる。母(斉藤由貴)、そして再婚した父、年の離れた弟と四人暮らしの彼女は、何不自由ない毎日を送っていた。

そんなある日、学校で水泳部に所属する美波は、同じくアニメオタクで書道部の門司くん(細田佳央太)と知り合い、仲良くなっていく。そしてひょんなことから、探偵をしている門司くんの兄・明大(千葉雄大)に、幼い頃に別れた実の父親捜しを依頼することになる。やがて新興宗教の元教祖だったという父・藁谷友充(豊川悦司)の居場所を突き止め、海辺の町まで会いに行くのだが……。

美波のひと夏の出来事を描いた青春ストーリーだ。最大の特徴は全編が笑いに満ちていること。しかも何とも緩~いオフビートな笑いが多い。美波が実父に会いに行くと知って、想像力を膨らませ、新興宗教の後継者争いから暗殺までを心配する門司くん。そこで美波は書をしたためる。「暗殺」。

キャラクターも個性的だ。美波の母の口癖は「OK牧場」。門司くんの兄・明大は女性のような見た目で、探偵をしている。門司くんの祖父らしき人は謎の人物。学校の水泳部の先生もどこか変だし、やたらに美波に抱きつくおじいちゃん(きたろう)なども登場する。何よりも主人公の美波だって、真面目になればなるほど笑ってしまうという奇癖の持ち主なのだ。もう、とにかく全編が笑いっぱなしなのである。

その中で描かれるのは、美波と門司くんの初々しい恋物語だ。それは、まばゆいばかりの恋だ。出会った頃の2人は、お互いにその思いを打ち明けられない。しかし、美波の実父探しを通じて少しずつ心を通わせていく。

だが、このドラマの白眉はやはり美波と実父・友充との再会劇だろう。父の居場所があっさりわかり、美波は母に黙って海辺の町に会いに行く。そこに現れた父は、「他人の頭の中がわかる」などと言うが、美波の心の中さえ読めない。最初は何やらギクシャクする2人。それはそうだろう。約10年ぶりの再会だ。

それでも一緒に遊び、ご飯を食べ、何気ない時間を共有し、2人は少しずつ打ち解けていく。近所の女の子に水泳を教えてくれと頼まれて指導する美波。そこにいきなり海パン姿の父が現れ、「自分にも教えろ」と言う。美波は2人に死体になり切る特訓(?)を施す。

実父役の豊川悦司の軽やかな存在感が、独特の余韻を残してくれる。言葉にしなくても、そこには通じるものがある。

なぜか門司くんがやって来て、美波は父のもとを去るのだが、その別れのシーンが素晴らしい。2人が去って家の中に引っ込んだ友充の姿を映さずに、「魔法左官少女バッファローKOTEKO」の主題歌だけが流れてくるのだ。それは友充が美波のために用意したものだった。

帰宅した美波が友充に会ってきたことを母に告白するシーンも良い。さりげない優しさを見せる斉藤由貴の演技が心に染みる。親子の強い絆を感じさせる温かなシーンだ。

美波と門司くんの恋物語にも素敵な結末が用意されている。ついに自分の思いを告白しようとする美波。しかし……。真面目になるほど笑っちゃうという美波の気癖を巧みに使った感動的で面白い場面である。

これまで美波は屈託のない日々を送ってきたのだろう。母の再婚相手の父も優しく、幸せそのものの日々だった。だが、初めて切ない恋心を抱え、そして幼いころに別れた実父と再会し、人生いろいろあるということを知ったのだ。それでも前を向いて歩いていくことの大切さを、美波にも、観客にも知らしめているのが本作なのである。ひと夏の経験を通して美波は確実に成長したのだ。

上白石萌歌の瑞々しい演技が見逃せない。あの輝きは、今だからこそのものなのかもしれないが、美波の心の中を繊細に表現した演技は特筆ものだろう。

まぶしく、切なく、ユーモアにあふれた青春ストーリー。温かで元気になれる一作である。

 

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◆「子供はわかってあげない
(2020年 日本)(上映時間2時間18分)
監督:沖田修一
出演:上白石萌歌細田佳央太、千葉雄大古舘寛治斉藤由貴豊川悦司高橋源一郎、湯川ひな、中島琴音、坂口辰平、兵藤公美、品川徹、(声の出演)富田美憂浪川大輔櫻井孝宏鈴木達央速水奨
テアトル新宿ほかにて公開中
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