「浜の朝日の嘘つきどもと」
2021年9月10日(金)新宿武蔵野館にて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/C-5)。
~映画への思いが込められたタナダユキ監督の良作
「浜の朝日の嘘つきどもと」は、福島県相馬市に実在する映画館「朝日座」を舞台に、映画館の存続に奔走する女性の姿を描いた作品だ。監督・脚本は「百万円と苦虫女」「ふがいない僕は空を見た」「ロマンスドール」などで知られるタナダユキ。
ちなみに本作は、福島中央テレビ開局50周年作品。何を隠そう福島県出身の私。高校までは同局を視聴していたのだ。懐かしいなぁ。
映画の冒頭、1人の若い女性が道に迷っている。ようやく探し当てたのは、福島県相馬市に実在する映画館「朝日座」。100年近くの間、地元の人々に愛されてきた。ところが、支配人の森田保造(柳家喬太郎)は厳しい経営状況から閉館を決断。一斗缶に放り込んだ35ミリフィルムに火をつけようとしていた。その瞬間、若い女性がその火に水をかける。茂木莉子(高畑充希)と名乗るその女性は、恩師との約束を果たすため、朝日座を立て直そうと東京からやって来たという。こうして茂木莉子は、森田を巻き込んで朝日座の再建に奔走し始めるのだが……。
のっけから茂木莉子(もちろん本名は別にある)と森田の丁々発止のやりとりが繰り広げられる。口の悪い莉子と飄々とした森田。そのやりとりはユーモラスで味わい深い。森田を演じる柳家喬太郎が落語家だから、というわけではないが、まるで落語のような会話である。
そして全編にわたって映画ネタが満載なのも本作の魅力。森田が焼こうとしていたフィルムは「東への道」。D・W・グリフィス監督による1920年公開のサイレント映画で、主演はリリアン・ギッシュとリチャード・バーセルメス。マニアックだなぁ。その他にも、いろいろな映画ネタが出てくる。
一生懸命に閉館を翻意させようとする莉子。そのペースに巻き込まれながらも、そうはさせじと踏ん張る森田。
そんな現在進行形のドラマと並行して、莉子と高校時代の恩師の田中茉莉子先生とのエピソードが描かれる。東日本大震災後、あることから家族がバラバラになった莉子。その影響で高校で孤立していた。
彼女が校舎の屋上にいる時。茉莉子先生が現れる。自殺を考えていたらしい莉子をさりげなく止める。そのごく自然な感じがたまらなく良い。その後、茉莉子先生は莉子と一緒に校内で隠れて映画を観る。そして映画というものが残像現象を利用していることを教える。そしてこう言うのだ「100年後を考えてごらん。どうせ生きてないんだから」。そんな励まし方があるだろうか。だが、これが絶妙なのだ。莉子ならずとも素直に励まされてしまう。
その後、転校して東京に行った莉子が、家出して転がり込んできた時も優しく彼女を受け入れる。そのことで窮地にも陥るが茉莉子先生は気にしない。
男にだらしないのが玉に瑕(たいていフラれる)。そして風変り。だが、ひたすら優しい茉莉子先生。しかも、それが押しつけがましさのない、ごく自然な優しさなのだ。男にフラれるたびに茉莉子先生が、「喜劇 女の泣きどころ」を観て泣くのが面白い。
茉莉子先生役の大久保佳代子の魅力が十二分に発揮されている。彼女の女優としての力量をまざまざと見せつけられた。ある意味、この映画の主役といってもいいかもしれない。そのぐらい存在感がある。殊更にオーラを発していないのに、チャーミングで奥深い人柄がにじみ出てくる。そして、ひたすらカッコいい。
一方、現在進行形のドラマでは、森田もようやくその気になり、朝日座再興計画がスタートする。朝日座を救うクラウドファンディングが行われ、さらにマスコミにも朝日座のことが取り上げられる。地元の人々も温かく見守る。
莉子と森田、そして莉子と茉莉子先生は、それぞれが疑似家族のようだ。いずれもが家族を亡くしたか疎遠になっており、それを埋め合わせるように絆を紡ぐ。それがとても温かで心地よい。過去作でも不器用な男女を温かく見守ってきたタナダ監督らしい描写といえる。
こうして一時は朝日座の再建が現実のものとなるが、そこに難題が持ち上がる。2人の前に立ちはだかるのは、朝日座跡地の再開発を計画する開発会社の社長だ。
ここで感心したのは、敵役の開発会社の社長を悪人として描かないこと。この手の話ではわかりやすく、憎々しげな極悪人を出したりするものだが、そうはしない。こちらも地元のことを考えた上での再開発計画なのだ。それゆえに悩ましく、地元の人々を巻き込んでの大騒動に発展する。
そして、描かれる莉子と茉莉子先生との別れのエピソード。茉莉子先生は莉子に朝日座再興の願いを託す。そこで披露されるかつてのエピソードが笑える。朝日座を訪れた茉莉子先生は森田がセレクトした2本立てを鑑賞する。それは「トト・ザ・ヒーロー」と杉作J太郎監督作でタナダ監督が主演した「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」。いや、それは茉莉子先生ならずとも文句を言いたくなるだろう、というラインナップ。茉莉子先生の最後の言葉といい、湿っぽさは皆無。思わず笑っちゃうのだ。先生の恋人のバオ君もいい味を出している。
終盤は家族と血のつながりを問い、莉子と父との絆を描き、ラストへとなだれ込む。はたして朝日座の運命やいかに? 予定調和といえなくもないが、そこには映画ファンの願いが込められている。おかげで温かな気持ちで映画館を後にすることができた。
高畑充希の猪突猛進ぶりが頼もしい。柳家喬太郎ののほほんとした感じも良い。甲本雅裕や吉行和子などの脇役陣の演技も見ものだ。
本作にはタナダ監督の映画への熱い思いが詰まっている。そこには単なる映画愛だけでなく、「みんな、映画館がいつでもあると思っているから大事にしないんだ」という言葉に代表されるように、映画界及び映画ファンへの警句も込められている。
そんな映画への様々な思いに貫かれた心温まる良作である。実に心地よい時間を過ごさせてもらった。
◆「浜の朝日の嘘つきどもと」
(2021年 日本)(上映時間1時間54分)
監督:タナダユキ
出演:高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子、甲本雅裕、佐野弘樹、神尾佑、竹原ピストル、光石研、吉行和子
*シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://hamano-asahi.jp/