映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「殺人鬼から逃げる夜」

「殺人鬼から逃げる夜」
2021年9月25日(土)シネマ・ロサにて。午前11時より鑑賞(シネマ・ロサ1/C-9)

~殺人鬼に追われる聴覚障害の女性。途切れない緊張感と破格の恐怖

何だかまた忙しくなって、10日以上も映画館から遠ざかってしまった。まだ少し仕事は残っているけれど、ようやく時間ができたから近場の映画館に行こう。

というわけで、池袋のシネマ・ロサにて鑑賞したのは韓国製スリラー「殺人鬼から逃げる夜」。何という身もふたもないタイトル。タイトルを見ただけでどんな物語かわかってしまうではないか。

そう。このドラマは、連続殺人犯と遭遇してしまった女性の恐怖の一夜を描いたドラマなのだ。だが、これがめちゃくちゃに面白かったのである。その理由は、主人公を聴覚障害を持つ女性に設定したことにある。

映画はいきなり殺人シーンから始まる。連続殺人鬼ドシク(ウィ・ハジュン)が冷酷に女性を殺害する(ただし、そのものズバリのエグいシーンは登場しない)。そして何食わぬ顔で目撃者を装って警察に通報する。彼がサイコパスであることを物語る出来事であり、そこで観客はすでに彼に異様な恐怖を感じてしまう仕掛けだ。

続いて映るのはお客さまセンター。聴覚障害を持つギョンミ(チン・ギジュ)は手話部門で働いている。だが、理不尽なクレームを言う客にブチ切れて、ビデオ通話を切ってしまう。さらに、みんなが行きたがらない会社の接待に自ら志願して出席し、他の出席者が手話を解さないのをいいことに、手話で思いっきり悪口を言うのだ。彼女は可愛い顔をしているが、やる時はやる女性なのである。こうした描写が、その後のドラマでの彼女への感情移入を促す。

そして、いよいよ運命の瞬間だ。会社からの帰宅途中、自分と同じ聴覚障害を持つ母親(キル・ヘヨン)と待ち合わせていたギョンミが、スーパーの駐車場に車を停めて路地へ出ると、若い女が血を流して倒れている。助けを呼ぼうとするギョンミ。だが、あっさりと犯人のドシクに捕まってしまう。それでも隙を見て逃げ出し、非常ベルを押す。しかし、聴覚障害の彼女は管制センターからの問いかけに答えられない……。

この映画の最大のポイントは、ギョンミが聴覚障害だということにある。そのため彼女は追いかけてくる犯人の足音も聞こえなければ、助けを呼ぶこともできない。すぐ後ろに犯人がいても気づかない(まるで「志村~!うしろ、うしろ~!」)。この設定がこの映画の緊迫感と恐怖感を倍加する。

しかも、ドシクは追跡そのものを楽しむかのような猟奇的な性質の一方で、狡猾な側面も持っている。その後、ギョンミと母は警察署に連れていかれるのだが、そこには目撃者としてスーツを着こなした若い男も同行する。

実はこのビジネスマン風の男こそが、連続殺人犯ドシクなのである。それまでギョンミが目撃していたドシクは、帽子をかぶり、マスクをして、眼鏡をかけ、服装もラフだったので気づかなかったのである。

こうして前半は警察署の中での出来事が描かれる。ただの目撃者をよそおい、警察官の目を盗んで、ギョンミと母を手にかけようとするドシク。そこに合コンに行った妹が帰ってこないと、ジョンタク(パク・フン)という男が駆け込んでくる。彼女の妹とは、誰あろうギョンミが目撃したケガをした女だった。

警察署でジョンタクはドシクの正体を暴き、彼が妹を襲ったことを知る。だが、狡猾なドシクは反撃し、警察署からの脱出に成功する。

中盤はギョンミの自宅での攻防が始まる。何度も言うが、ギョンミは聴覚障害で犯人が間近に迫っても気づかない。あわや危機一髪の場面。ドシクの魔手をギリギリのところでよけるギョンミ。執拗に詰め寄るドシクと必死で逃れるギョンミ。ここでは物音を探知するセンサーが巧みに使われる。特に光の点滅が不吉な予兆となる。

後半、ギョンミは家を脱出し、ドシクはそれを追いかける。ゴーストタウンのような無人の町を、必死の全力疾走で逃げるギョンミと迫り来るドシクの攻防。その破格の迫力から目が離せない。さらに、そこに妹を探すジョンタクも絡んでくる。

終盤、ギリギリの攻防はやがて繁華街へ。そこでギョンミが見せる渾身の思い。そして最後に彼女が取った意外な行動とは……。

上映中、緊張感が一瞬たりとも途切れなかった。時々わざと無音状態をつくり出して、耳が聞こえないギョンミの主観的な感覚を観客に疑似体験させる仕掛けも効いている。それによってますます観客は、彼女の恐怖をリアルに感じることになる。

実のところ映画が始まってから50分ぐらいのところで、「これはもう話が終わっちゃうんじゃないの?」と思ったのだが、心配は無用。そこからまた新たな展開を生み出して飽きさせない。冒頭からラストまで、一気呵成に畳みかけていく

基本になるのはギョンミとドシクの対決だが、ギョンミの母やジョンタクの絡ませ方も巧みだ。格闘バトルから全力疾走の逃走劇までアクションも満載。映像も音楽も効果的に使われている。

クォン・オスン監督はこれが長編デビュー作。こんな映画を新人が撮ってしまうのが、韓国映画界の奥深さだろう。レベルの高い新人監督が次々に出てくる。

そして主演のチン・ギジュの可愛らしさとたくましさよ。何でも彼女は韓国のサムスングループの社員だったが、その後民放の記者として活躍し、さらにモデルに転職して女優になったという変わり種だそうだ。殺人鬼に追われる恐怖の表情もいいが、最後に手話で啖呵を切る姿がカッコいい!

いかにも二枚目なのに、その端々から猟奇性を発揮する演技を披露したウィ・ハジュンも印象的な演技だった。ジョンタク役のパク・フン、ギョンミの母役のキル・ヘヨンなど脇役も素晴らしい。

韓国製スリラーはハズレがない。またしてもそれを実感させられた本作である。途切れない緊張感と破格の恐怖は特筆ものだ。

 

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◆「殺人鬼から逃げる夜」(MIDNIGHT)
(2021年 韓国)(上映時間1時間44分)
監督・脚本:クォン・オスン
出演:チン・ギジュ、ウィ・ハジュン、パク・フン、キル・ヘヨン、キム・ヘユン
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