映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「空白」

「空白」
2021年9月27日(月)グランドシネマサンシャインにて。午後1時40分より鑑賞(シアター10/e-12)

~娘を失った父の暴走と追い詰められる男。人間の奥底に迫った力作

河村光庸プロデューサー率いるスターサンズと言えば、「新聞記者」「ヤクザと家族 The Family」「宮本から君へ」「MOTHER マザー」「パンケーキを毒見する」など、気骨ある映画を次々に送り出してきた映画会社。そのスターサンズがまたまたすごい映画を送り出してきた。

「空白」は、交通事故で娘を失った父親と事故の原因となったスーパー店長のドラマ。というと復讐劇を連想するが、そんな生易しいものではない。安直な感情移入を許さず、人間の本性をこれでもかと見せつける作品である。

スーパーで女子中学生の花音(伊東蒼)が、店長の青柳(松坂桃李)に万引きを見咎められる。花音は逃げ出すが青柳は追いかける。次の瞬間、道路に飛び出した花音は車にはねられ、凄惨な死に方をする。男手一つで花音を育てていた添田古田新太)は、娘の無実を証明しようと、いじめを疑って学校に怒鳴り込み、青柳を激しく責め立てる。2人の確執はマスコミのネタになり、青柳も添田も非難にさらされる……。

なぜ安直な感情移入を許さないのか。添田も青柳も欠点だらけの人間だからだ。漁師の添田は短気で粗暴。娘に関心などなかったくせに、その後ろめたさを他人への攻撃に転嫁する。学校の教師たちに、娘を引いた車の運転手に、そして青柳に。その攻撃はどんどんエスカレートして、添田はモンスター化していく。

一方の青柳は基本的には善人であり、それゆえ罪の意識に苦しむ。しかし、優柔不断な性格が災いして、添田の攻撃になすすべもなく耐えるのみだ。マスコミには言葉の端々を切り取られていいように報道される。とにかく情けない。その一方で、何やら得体の知れなさも漂わせている。

そんな2人のやりとりを通して、吉田恵輔監督は「犬猿」「愛しのアイリーン」「ヒメアノ~ル」などの過去作でもそうだったように、人間の本性を赤裸々にさらけ出す。それは観ていて気分が悪くなるほどだ。恐怖、不安、憎悪、哀しみ、様々な感情をかき乱される。

ちなみに、コメディーも得意で、「純喫茶磯辺」などと言う人を食った作品まである吉田監督だが、今回は笑いはほとんど封印している。

感情移入はしにくいものの、ドラマはどこにも浮遊しない。娘を亡くした添田の悲しみも、青柳の罪の意識もリアルな現実だ。添田はモンスター化するが、怪談話のように絵空事にはならない。だから、観客は常に当事者の感覚を持ってスクリーンを見つめることになる。これは誰にでも起こりうる出来事なのだ。それによって、ますます観客は感情をかき乱されるのである。

この映画では、興味本位の報道に躍起となるマスコミの在りようも問われる。今の社会を必ずと言っていいほどドラマに反映させる、スターサンズの映画らしい特徴だ。

いや、マスコミだけではない。ことなかれ主事に徹する学校や、ボランティア活動にのめり込みすぎて正義の押し付けをするスーパー店員など、今現在の社会の姿がそこかしこに投影される。

添田の執拗な攻勢に青柳は追い詰められる。そして自ら命を絶とうとする。同時に、もう1件の自殺騒ぎが起きる。それをきっかけに物語は急展開を見せる。

この映画に安易な大団円などは用意されない。当事者たちの苦しみはそう簡単には消えない。それでも、そこにわずかながら救いはある。

娘をひいた車を運転していた女の母親の謝罪、墓参での元妻の言葉。それらが添田の心を解凍させていく。

それは強烈な日差しではない。柔らかな光である。添田にも、そして青柳にも光は優しく差し込む。誰もが矛盾と欠点を抱えている。完全な善悪などこの世に存在しない。そんな中で、傷つき、傷つけあって生きていく人々を包み込むような温かさが感じられた。

ラストに登場するイルカの形をした雲の絵が、何とも言われぬ余韻を残してくれる。

役者陣はいずれも素晴らしい演技を見せる。特にモンスター化する主人公を演じた古田新太の演技がすごい。狂気に包まれ、激情のまま暴走していく。あんなのにつきまとわれたら、ホントに行き場がなくなってしまいそうだ。その一方で、心の奥に常に悲しみを湛えた姿も見せる。

青柳を演じた松坂桃李も説得力のある演技だ。セリフにならない痛切な思いを見事に表現していた。さらに、田畑智子、藤原季節、趣里片岡礼子寺島しのぶなどの脇役陣もいずれも見応えある演技を披露している。

それにしてもタイトルの「空白」とはどういう意味なのだろう。登場人物の心の空白か、それとも悪意に満ちたこの世界の空白か。何にしても現代社会を鋭く描写するとともに、人間の奥底に迫った文句なしの力作である。

 

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◆「空白」
(2021年 日本)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:吉田恵輔
出演:古田新太松坂桃李田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子寺島しのぶ
*TOHOシネマズ日本橋ほかにて全国公開中
ホームページ https://kuhaku-movie.com/

 


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