映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「MINAMATA ミナマタ」

「MINAMATA ミナマタ」
2021年9月30日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時25分より鑑賞(スクリーン2/F-9)

~「水俣病」は終わっていないことを訴えるジョニー・デップらの強烈な思い

水俣病熊本県水俣市チッソの工場が海に流す有害物質によって、多くの人々が水銀中毒で亡くなったり、重い障害を負った公害病だ。

これまでに石牟礼道子の文学作品をはじめ、書籍、ドキュメンタリー映画、写真、絵画といった形で様々に作品化されているが、今度はジョニー・デップが製作・主演を務め、写真家ユージン・スミスアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」を題材に映画化された。

ユージン・スミスの伝記ドラマのスタイルでドラマは進む。1971年、ニューヨーク。アメリカを代表する世界的写真家ユージン・スミスジョニー・デップ)だったが、今は酒におぼれ金にも事欠く生活だった。そんなある日、富士フィルムのCMの取材の通訳として、アイリーン(美波)という女性が訪ねてくる。彼女は日本の水俣市で、工場から海に捨てられている有害物質が多くの人々を苦しめている様子を撮影して欲しいと依頼する。水俣の惨状に心を痛めたユージンは日本での取材を決意する……。

映画はあくまでもエンタティメントの枠を守る。導入は、落ちぶれた写真家の再起の物語という側面を強調する。話を持ち込んできたのは若くてきれいな女性だ。最初は断るものの、水俣の惨状を見て衝撃を受けたユージンは、現地での取材を決意し、「ライフ」誌に話を持ち込む。「ライフ」の編集長はユージンを一蹴するが、結局は彼に写真撮影を依頼する。

そこからはユージンの日本での活動が描かれる。水俣に家を借りてアイリーンとともに住み、様々な葛藤を抱えつつ写真撮影を開始する。そこで彼が見たのは、水銀に冒された人々の姿だ。中には歩くことも話すこともできない子供もいる。チッソが提示した見舞金を拒否し、抗議活動を続ける人々も多い。それらの運動は次第に激しくなっていく。

相変わらず酒浸りの生活をしつつ(飲まずにはいられない悲惨な光景も多い)、そうした光景をカメラに収めるユージン。カメラ好きな水俣病の子どもや、反対運動の人々との交流も描かれる。

チッソは反対運動を力で抑え込もうとする。ユージンに対して、チッソの社長は高額な金を提示し、ネガフィルムを渡すように要求する。だが、ユージンはそれを敢然と拒む。

昔から「写真に撮られると魂を抜かれる」などという言い伝えがあるが、ユージンは「写真は撮影する側の魂も抜かれる」という。そのぐらい傷つきながら撮影をするわけだ。彼が最初は日本に来るのをためらったのは、沖縄戦の写真撮影で心が傷ついた経験があるからだ。そんな真摯な態度で、冷静に被写体にカメラを向け続けるユージン。

抗議運動をする人々の内部対立や、ネガフィルムを狙う会社側の執拗な攻撃なども描かれる。同時に穏やかで美しい水俣の自然の風景(といっても日本でのロケが困難で海外でロケしたらしいが)なども映される。当時のニュースフィルム風の映像なども使い、たくさんの要素をそつなく盛り込んでいる。監督のアンドリュー・レヴィタスは長編2作目とのことだが、とてもそうは思えない手際の良さだ。

もちろんドラマだから、大幅にデフォルメしたり、事実とは違う話も登場する。例えば、ユージンとアイリーンのロマンスなども十分には描き切れていない。だが、それでも作り手の思いが伝わってくる。それは、水俣病のことを日本はもとより、世界の人々に知ってもらいたいという強い思いだ。

ドラマとしてのクライマックスは、ユージンの写真が「ライフ」に掲載されるのかどうかというところにある。そこで奇跡のような出来事が起きる。ユージンが水俣の人々にある提案をする。それをきっかけに様々な写真が撮影される。特に、それまで許されなかった写真を撮影する瞬間が注目だ。冒頭にもわずかに映るその写真は、実に美しいものである。そして美しいがゆえに、深い悲しみが漂う。

会社側と抗議活動をする人々の対決や、裁判の帰結なども描かれる。特にチッソの社長を最後は完全な悪者として描かなかったところが印象深い。

そして最後に、作り手の思いが象徴されたメッセージが流れる。水俣病は終わっておらず、現在進行形の問題であることが告げられる。さらに、エンドロールでは原発事故を含め、世界で過去に起きた環境破壊に関する事件が列挙される。それらの多くは今も続いている。作り手がこの映画を届けたかった理由が、ここで全て明らかになるのである。

ジュニー・デップの執念の演技が見事だ。もともとなりきるタイプの役者だが、今回はハンパではないなりきりぶりだ。ユージン・スミスそのものがスクリーンに映っていると言っても過言ではないだろう。

さらに、「ライフ」編集長役の名優ビル・ナイの存在感も素晴らしい。ユージンの写真を見て感涙するその姿は神々しくさえある。

真田広之國村隼、美波、加瀬亮浅野忠信、岩瀬晶子といった日本人キャストも、それぞれに味のある演技をしている。ちなみに音楽は坂本龍一だ。

ラストでは思わず涙してしまった。そのぐらいエンタティメントとしてよく作られている。普通に観ても良い映画だ。だが、それだけで終わらせてはいけない。今も世界中で続く「水俣」を知った自分はどうするのかが問われているのだ。

 

f:id:cinemaking:20211001195845j:plain

◆「MINAMATA ミナマタ」(MINAMATA)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督:アンドリュー・レヴィタス
出演:ジョニー・デップ真田広之國村隼、美波、加瀬亮浅野忠信、岩瀬晶子、ビル・ナイ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://longride.jp/minamata/

 


www.youtube.com