映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「由宇子の天秤」

「由宇子の天秤」
2021年10月7日(木)ユーロスペースにて。午後1時より鑑賞(スクリーン2/C-9)

~危ういバランスの上に立つドキュメンタリー監督。観客に「あなたならどうする?」と問いかける

前から気になっていた映画がある。ユーロスペースで公開されている春本雄二郎監督の「由宇子の天秤」だ。春本監督にとって前作「かぞくへ」に続く長編第2作となる。ベルリン国際映画祭パノラマ部門などに出品され、あちらこちらで高い評価を受けているようだ。あの町山智浩は「今年のベストワン」とまで言っている。公開から少し時間が経って、平日は多少空いているようなので観に行ってみた。

ドキュメンタリー監督の由宇子(瀧内公美)は、3年前の女子高生自殺事件を追う作品を制作していた。局の方針とぶつかりながらも、真摯な取材で真相に肉薄していく由宇子。その一方で、由宇子は父の政志(光石研)が経営する学習塾を手伝っていた。ところがある日、政志の学習塾で思わぬ問題が起き、政志が衝撃の告白をする。それをきっかけに、映像作家として自らの正義を貫いてきた由宇子は、重大な選択を迫られる……。

ドキュメンタリー制作の内幕を通して、真実の不確かさや正義の危うさをあぶり出した作品だ。現代社会の闇にも切り込んでいる。2時間半超の長尺だが、全くその長さを感じさせない。

由宇子が追う事件は、女子高生が教師とあらぬ噂を立てられ、学校によって自殺に追い込まれたというもの。教師もその後自殺している。由宇子は女子高生の父を取材し、その無念の思いをカメラに収める。

しかし、番組を放送予定のテレビ局は、あれこれと内容に口を出す。加熱した報道が事件に影響したことを批判する文言を、局側は削ろうとする。それに対して由宇子は精一杯抵抗する。彼女は真実を追求することを重視し、正義を貫こうとするのだ。

続いて、由宇子は自殺した教師の母と姉を取材する。2人とも事件で追い込まれ、SNSで住所をさらされ、今は息をひそめるようにひっそりと暮らしていた。その2人をカメラの前に引き出し(顔は隠すが)、証言をさせる由宇子。彼女の信念に揺らぎはない。

だが、衝撃的な出来事が起きる。由宇子が手伝っていた父の政志の学習塾で、萌(河合優実)という生徒が体調を崩して倒れる。そして、由宇子は政志から思わぬ告白を受けるのだ。

それをきっかけに、由宇子は真実を隠す側に回る。それはやむにやまれぬ事情があったとはいえ、彼女の信念に反する行為だった。当然、そこには葛藤もあるだろう。だが、由宇子は仕事と私生活を切り分けて、自分を納得させようとする。

ドラマの中盤で、由宇子は父と貧しい暮らしを送る萌に優しく接する。それは取材対象に誠実に向き合う彼女らしい行動ともいえるが、同時に彼女なりの贖罪の思いのようにも見える。そして萌もまた由宇子を慕うようになる。

本作の英題は「A BALANCE」。邦題の「天秤」も同様な意味だろう。由宇子は必死で「バランス」を保とうとする。仕事と私生活、真実と虚偽、正義と不正。自らの中で折り合いをつけ、何とかやり過ごそうとする。

だが、それは危うさに包まれている。映画の終盤、ついにバランスが崩れる。由宇子が追う女子高生自殺事件で、衝撃的な事実が明らかになる。それは由宇子にとって、まさに青天のへきれきともいえる事実だ。しかし、由宇子はそれを責めることはできない。なぜなら、彼女もまた嘘をついていたのだから。

そして、由宇子と萌の関係にも亀裂が走る。そこにも、真実とウソが絡んでくる。由宇子の疑念が萌を追い詰め、とんでもない出来事が起きる。それによって、それまで覆い隠していた由宇子の葛藤が露わになる。ラストはこの映画で最も衝撃的なシーンかもしれない。一瞬、そのあまりの衝撃に言葉を失くした。

由宇子は言う。「私は誰の味方にもなれません。でも、光を当てることはできます」と。その光の当て方は正しいのか。間違っているのか。いったい何が真実で何がウソなのか。何が正義で何が不正なのか。それさえもわからなくなる。観客は混乱するはずだ。そしてそんな観客に映画は鋭く突きつけるのだ。「あなただったらどうします?」と。

手持ちカメラを多用するのは、予算的な問題もあってこの手の映画の常道だが、それにしても登場人物の心理がリアルに切り取られている。長尺ということもあって、セリフ以外の余白も十二分に生かされている。

脚本も緻密に練られている。予測不能で何度も予想外の方向に話が転がる。そして、すべての登場人物が微妙なバランスの上に立つ。そのスリリングでサスペンスフルなことといったら。

主演の瀧内公美の好演が光る。愚直に真実を追い求めながら、運命のいたずらで信念が揺らぐ主人公を巧みに演じていた。繊細に感情の揺れ動きを表現する演技が絶品だ。その他の役者たちも、日本映画には欠かせない存在ばかり。さすがにみんな存在感がある。

つくり手の真摯な姿勢が伝わってくる。真実や正義といった骨太なテーマに加え、昨今の社会状況も織り込んで、鋭い問いを観客に投げかける。なるほどこれは確かに良い映画だ。今年有数の問題作である。

 

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◆「由宇子の天秤」
(2020年 日本)(上映時間2時間32分)
監督・脚本・編集:春本雄二郎
出演:瀧内公美河合優実、梅田誠弘、光石研、松浦祐也、和田光沙池田良、木村知貴、前原滉、永瀬未留、河野宏紀、根矢涼香、川瀬陽太丘みつ子
ユーロスペースほかにて公開中
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