映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「最後の決闘裁判」

「最後の決闘裁判」
2021年10月17日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時より鑑賞(スクリーン5/H-12)

~3つの真実をめぐる歴史ミステリー。今の社会とも地続きの女性のドラマ

マット・デイモンベン・アフレックといえばどちらも人気俳優だが、「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(1998年)の脚本を担当して、アカデミー脚本賞を受賞したことでも知られている。

その2人に、女性脚本家ニコール・ホロフセナーが加わったチームが脚本を担当したのが「最後の決闘裁判」である。今なお真相は闇の中と言われる中世フランスで実際に起きた強姦事件と、それをめぐる決闘裁判の行方を巨匠リドリー・スコット監督が映画化した。

最初に「決闘裁判とは何じゃらほい?」という人のために説明すると、当時のヨーロッパでは、裁判で証言内容が食い違い真実がわからない時には、「神様なら真実を知っているだろう」というので、判決を当事者間の命を賭けた決闘に委ねていたのだ。それが決闘裁判というわけ。魔女狩りもそうだが、今となってはバカバカしいとしか言いようがないが、当時は本気でそう考えられていたのである。

さて、物語は1386年のフランスから始まる。今まさに、決闘裁判が始まろうとしていた。戦うのは騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)と従騎士のジャック・ル・グリ(アダム・ドライヴァー)。それというのも、カルージュの妻マルグリット(ジョディ・カマー)がル・グリにレイプされたと訴え出て、ル・グリがそれを否定したからだ。いったい真実はどこにあるのか。時間をさかのぼってその顛末が描かれる。

そこでユニークなのが同じ出来事をカルージュとル・グリ、そしてマルグリットの3者の視点で描くことだ。そう。ちょうど黒澤明の名作「羅生門」のように。

第1章はカルージュの視点だ。ここでの彼は世渡り下手な誠実な人間として描かれる。悪いのはル・グリなのである。自分が命を救ってやったにもかかわらず、ル・グリは次第に増長し、自分が手にするはずだった土地も、父から譲り受けるはずだった長官の地位も奪ってしまう。挙句の果てが、自分の留守中に妻をレイプしたというのだ。これが許しておけようか。

第2章はル・グリの視点から描かれる。ここでの彼は、生死を賭けて闘った友であるカルージュのためを思って行動する良い人間。悪いのはそれにいちいち反発するカルージュである。ル・グリはカルージュに何かと気を遣う。土地を手にしたのも長官の地位に座ったのも、彼が望んだことではなく、ボスのピエール(ベン・アフレック)に言われて、断れなかったからだ。そして、彼は女性からモテモテのプレイボーイ。マルグリットも彼に好意を持ち、彼もまたマルグリットのことを好きになって関係を持ってしまったのだ。レイプなんてとんでもない。

そして第3章はマルグリットの視点である。夫のカルージュはわがままで、後継ぎのことしか考えない男。マルグリットがちょっとおしゃれをすれば機嫌が悪くなり、あれこれと細かなことにまで口を出す。それじゃあル・グリはどうかといえば、一方的に自分のことを好きになって、屋敷に押しかけ、無理やり関係を持ったのである。2人ともろくなもんじゃないのだ。

というわけで、被害者の夫カルージュ、訴えられた被告人ル・グリ、そして事件を告発した被害者マルグリット、3人の視点は交わらない。同じことを経験したはずなのに、彼らが証言する「真実」はまったく異なる。観客はそれに翻弄されながら、何が真実なのかを追い求める。ミステリーとしての魅力がそこに生まれる。

だが、その中でも3番目にマルグリットの視点を持ってきたことによって、彼女の証言の重さが際立つ。そこから弱い立場に立たされていた当時の女性の受難が、くっきりと浮かび上がる。男の身勝手に翻弄され、姑の嫌味に悩まされ、それでも勇気を持ってレイプを告発したマルグリット。そんな彼女に対して、手のひらを返したような冷たい態度をとる女友達。そして裁判で浴びせられる屈辱的な質問。男の支配におとなしく従うことを強要する社会。

それらはもしかしたら、今の時代にも通じるものかもしれない。この映画は、確実に現在の#MeToo運動をはじめとする女性をめぐる様々な問題とも地続きなのだ。今の時代にもそのまま通じるドラマなのである。

終盤は冒頭の展開に戻って、いよいよ決闘が行われる。もしもカルージュが負ければ、マルグリットも偽証の罪で火あぶりとなる。これもまた当時の女性の受難を象徴するシステムだ。

はたして勝負の行方は……。

それは観てのお楽しみということにしておくが、さすがにリドリー・スコット監督。迫力満点の映像で決闘シーンを描く。かつての監督作「グラディエーター」を彷彿させる凄まじい肉弾戦に、思わず息を飲まされる。あまりのヴァイオレンスに目を背ける人もいるのではないか。

そして、その迫力のバトルの果てに映るマルグリットの表情が、何とも言えない余韻を残してドラマは幕を閉じる。

マット・デイモンアダム・ドライヴァーはさすがに実力派だけあって、それぞれの人物の多彩な側面を表現していた。その両者の間で一歩も引けを取らない演技を見せていたジョディ・カマーも印象深い。たぶん彼女の演技を観るのは初めてだが、ラストシーンのその表情は必見。観客に多くのことを考えさせる。

単なる決闘劇かと思いきや、本格派歴史ミステリーとして十分な見応え。いや、それ以上に現代と地続きの女性のドラマとして、確固とした存在感を放っている映画だ。

 

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◆「最後の決闘裁判」(THE LAST DUEL)
(2021年 アメリカ)(上映時間2時間33分)
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモンアダム・ドライヴァー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、ナサニエル・パーカー、サム・ヘイゼルダイン、マイケル・マケルハットン、アレックス・ロウザー、マートン・ソーカス
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.20thcenturystudios.jp/movie/kettosaiban.html

 


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