映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「モーリタニアン 黒塗りの記録」

モーリタニアン 黒塗りの記録」
2021年11月1日(月)池袋HUMAXシネマズにて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン6/C-10)

~緊迫のサスペンスの先に見える権力のおぞましい策謀

悪名高きグアンタナモ収容所。2001年の9.11米国同時多発テロの後、キューバグアンタナモ米軍基地に設けられた収容所だ。そこに正当な司法手続きのないまま長期間にわたって拘禁され続けたモーリタニア人、モハメドゥ・ウルド・スラヒの手記を映画化した社会派サスペンスが「モーリタニアン 黒塗りの記録」である。監督は、「ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実」「ラストキング・オブ・スコットランド」のケヴィン・マクドナルド

映画の冒頭はモーリタニアでのパーティーの場面。モハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)という青年が楽しそうに過ごしている。そこに当局の人間が訪れ、彼に話を聞きたいという。モハメドゥは心配する母親に「すぐに帰れるから」と言って当局者たちとその場を去る。

続いて場面は2005年のアメリカに移る。人権派弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)が、ある人物の弁護を依頼される。その人物は9.11の首謀者の1人として拘束され、一度も裁判にかけられないままにグアンタナモ収容所で数年間拘禁されているという。そう。それは冒頭で当局に連行されたモハメドゥだった。

ナンシーは同僚のテリー・ダンカンとともに、グアンタナモ収容所を訪れてモハメドゥと面会する。ナンシーは「不当な拘禁」だとしてアメリカ合衆国を訴える。

時を同じくして、アメリカ政府はなんとしてもスラヒを死刑にしようとして、軍の法律家、スチュアート・カウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)に起訴を担当させる。彼は知人が9.11テロで死亡したこともあり、強い使命感で調査を開始する。

このドラマは言うまでもなく社会派要素の強いドラマである。だが、同時に弁護士ナンシーとスチュアート中佐、そして政府との対決を軸にした、スリリングでミステリアスなサスペンスとしての魅力にあふれている。

何よりも構成が巧みだ。弁護士のナンシーはモハメドゥを助けるために、真実を解明しようとする。スチュアート中佐はモハメドゥを死刑にするために、調査を開始する。つまり、両者はまったく正反対の目的で調査を開始する。ところが、その行き着き先は同じ一つの真実なのである。

その真実とは何か。それにたどり着く前に、両者の前にはそれぞれ壁が立ちはだかる。ナンジーはモハメドゥから届く手紙による証言を頼りに、真実を明らかにしようとする。その過程で政府の機密書類を再三開示請求した結果、ようやく書類が届く。だが、その書類は邦題にあるように「黒塗り」だったのである(日本でもしばしば登場する公文書の黒塗りだ!)。

一方、スチュアートもある機密文書の存在を知り、それを何とかして手に入れようとする。だが、当局のガードは固くなかなか入手できない。

弁護士ナンシーを演じるのはジョディ・フォスター。年を取ってもカッコいい。強い意思と使命感を持つ女性。こういう役がハマリ役だ。大げさな演技をするわけではないのに、そこにいるだけでスクリーンに映える。抜群の存在感だ。これぞ映画スターである。この映画で、彼女は第78回ゴールデングローブ賞の最優秀助演女優賞を受賞している。

それに対してスチュアート中佐役のベネディクト・カンバーバッチも、同じく抜群の存在感を見せる。こちらも抑制的な演技だが、内面の様々な心理がにじみ出てくるような演技だ。

2人が顔を合わせるシーンはそれほど多くはないが、それでも両者の静かな迫力がスクリーンに満ちあふれる。

そんな2人の調査と並行して、モハメドゥの収容所生活の様子も描かれる。特にマルセイユに住んでいたという同じ収容者との交流が印象深い。お互いに周囲を仕切られた運動場越しに会話をするだけで顔も知らない。それはモハメドゥにとって唯一の楽しい時間だったのだが……。

回想シーンも挿まれる。悪名高き収容所に収監されてからのモハメドゥの日々を、スタンダードサイズで描く。その画面の狭さによって、囚われの身となった彼の息苦しさがダイレクトに伝わってくる。

ハメドゥは、独学で英語を覚え、テレビで仕入れたジョークを飛ばす。普通の映画なら彼の無実は明らかで、アメリカ政府が強引に犯人に仕立て上げたと見せるかもしれない。だが、本作では終盤まで彼の怪しさも際立たせる。それもサスペンスとしての魅力を引き立てる。モハメドゥ役のタハール・ラヒムの迫真の演技も特筆ものだ。

終盤になって、ついにナンシー、スチュアート両者ともに真実にたどり着く。実はモハメドゥは自白をしていたのだ。だが、そこには裏があった。それはおぞましい事実だ。フラッシュ映像などを使い抑制的に描かれてはいるが、それでも十分に身の毛がよだつ場面が続く。思わず目を背けたくなる。

しかも、その後にテロップで告げられる情報は、さらに衝撃的だ。こんなことが本当にあるとは……。それを知って怒りに打ち震えた。事実の重みをこれほど感じさせる作品はめったにない。

それでも救われるのはエンドロールで、モハメドゥ本人が登場することだろう。ボブ・ディランの歌を歌う彼の笑顔を見て、ほんの少しだけホッとすることができた。

予測不能のスリリングなサスペンスとしての魅力が十分。そして何よりも事実の重みが伝わる作品である。権力の暴走は恐ろしい。アメリカの闇を描いたドラマだが日本にも無縁ではないだろう。

 

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◆「モーリタニアン 黒塗りの記録」(THE MAURITANIAN)
(2021年 イギリス・アメリカ)(上映時間2時間9分)
監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ジョディ・フォスター、タハール・ラヒム、ザカリー・リーヴァイ、サーメル・ウスマニ、シェイリーン・ウッドリーベネディクト・カンバーバッチ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://kuronuri-movie.com/

 


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