映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「梅切らぬバカ」

「梅切らぬバカ」
2021年11月26日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン7/E-8)

自閉症の息子と老いた母。加賀まりこ54年ぶりの主演作

54年ぶりの主演というのはギネス級の快挙ではないか!? 女優・加賀まりこが1967年の「濡れた逢びき」以来54年ぶりに主演した映画が「梅切らぬバカ」である。

タイトルの「梅切らぬバカ」は、「樹木にはそれぞれ特徴や性格があり、それらに合わせて世話をしないとうまく育たない」という戒めから転じて、「人間の教育においても自由に枝を伸ばしてあげることが必要な場合と手をかけて育ててあげることが必要な場合がある」ことを意味することわざ「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」から来ているらしい。

ちなみに本作は、文化庁の委託事業で映像産業振興機構が実施・運営する「若手映画作家育成プロジェクト2020」から誕生したオリジナル企画。和島香太郎はまったくの新人というわけではなく、過去に何本か監督作がある。

老いた母と自閉症の息子が、地域コミュニティの中で自立の道を模索する姿を描いたドラマである。

占い師の珠子(加賀まりこ)は、50歳になろうとする自閉症の息子忠男(塚地武雅)と2人で暮らしていた。忠男が中年にさしかかり、自分がいなくなった後のことに不安を募らせた珠子は、忠男をグループホームに入所させることにする。そんなある日、ホームを抜け出した忠男は、近所の牧場から馬を連れ出して大騒ぎになる……。

障害を持つ子供がいる親なら、誰もが直面する問題を扱ったドラマだ。それゆえ深刻になりがちな素材ではあるが、そうはならない。何よりも加賀まりこ演じる珠子と、塚地武雅演じる息子の掛け合いが楽しい。

塚地はこういう役が本当にうまい。おそらくかなり取材したのではないか。あまりやり過ぎると鼻につくし、抑え過ぎると逆につまらないのだが、そのあたりが絶妙のバランスだ。純真でひょうきんな忠男の特徴をうまく出している。

一方の加賀まりこもさすがの演技だ。占いの客を相手にズケズケとものを言い、たくましさを全開にする反面、忠男に対する深い愛情を常に感じさせる演技である。

といっても、珠子はいつも忠男を甘やかしているわけではない。言うべきことはきちんという。だが、それも自分が元気でいてこそだ。この先はどうなるかわからない。だから、忠男をグループホームに入れる決断をする。忠男もそれを受け入れる。だが、思わぬ生活の変化が彼を苦境に陥れる。

ドラマ的な盛り上がりを期待すると裏切られる。いわゆる起承転結のあるドラマではない。その代わり、地域コミュニティの中の様々な立場の人々をありのままに描いている。

その中心は、珠子の家の隣に越してきた里村家だ。珠子の家の庭に生える梅の木は、私道にまで乗り出して通行の邪魔をしていた。珠子は枝を剪定しようとするが、忠男はそれを嫌がる。それもあって、里村家の父親は予測不能な行動をとる忠男を疎ましく思っている。その一方で、妻子は珠子と密かに交流する。特に息子は友達のように忠男と親しくなる。

また、忠男たち知的障害者の世話を一生懸命にする職員がいる一方で、自治会長をはじめとしてグループホームに懐疑的な目を向ける住民も描かれる。その地元民ともギクシャクした関係にある乗馬クラブのオーナーなども登場する。

明確な結論や解決の方法は示さない。隣家の父親との和解や忠男の自制を描き、そこにかすかな希望の火を灯しつつ、それ以上の未来については観客に判断を委ねる。

そんな中、印象に残る言葉がある。珠子はこう言うのだ。「この子が町の有名人になって欲しい」。それは自分が亡きあと、地域全体で息子を見守って欲しいという珠子の切なる願いだろう。

どこにでもある光景を淡々と積み重ねることで、見ているものの感情を解きほぐし、心の内面に迫る映画だ。地味だが、作り手の真摯な態度が伝わってくる作品である。

 

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◆「梅切らぬバカ」
(2021年 日本)(上映時間1時間17分)
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ塚地武雅渡辺いっけい森口瑤子、斎藤汰鷹、徳井優広岡由里子、北山雅康、真魚、木下あかり、鶴田忍、永嶋柊吾大地泰仁、渡辺穣、三浦景虎、吉田久美、辻本みず希、林家正蔵高島礼子
シネスイッチ銀座ほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/

 


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