映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「雨とあなたの物語」

「雨とあなたの物語」
2021年12月19日(日)シネマート新宿にて。午後2時10分より鑑賞(スクリーン1/D-13)

~手紙のやりとりで心を通わせていく男女の穏やかで静かな物語

岩井俊二監督による「ラストレター」や、その中国版とも呼ぶべき「チィファの手紙」など、手紙を使ったドラマはいくつもある。特に携帯電話がまだ十分に普及していなかった時代には、手紙のやりとりが今とは比べられないほど大きな意味を持っていた。

韓国映画「雨とあなたの物語」も、手紙が重要な意味を持つドラマである。

2003年、ソウルの予備校に通う浪人生のヨンホ(カン・ハヌル)は、退屈でさえない毎日を送っていた。そんなある日、彼は小学生時代の記憶の中にいる友達に手紙を送る。それを病気の姉に代わって受け取ったのは、釜山で母と古書店を営むソヒ(チョン・ウヒ)。「質問しない、会いたいと言わない、会いに来ない」ことを約束して、ソヒは姉のフリをして返事を書くのだが……。

手紙のやりとりで心を通わせていく男女の物語を、時代を行き来しながら描いたラブストーリーだ。何よりも特徴的なのが、ドラマの中で時間がゆっくりと流れていくこと。難病ものの側面もあるが、けっして情感過多に陥ることなく、全編が穏やかで静かなタッチで描かれている。それがとても心地よい。韓国映画というと濃厚なイメージがあるが、こうした作品もコンスタントに生み出されている。

時代を行き来するといっても、中心的に描かれるのは2003年。というわけで、出始めたばかりの携帯電話やレスリー・チャンの自殺など、当時の世相も巧みにドラマに織り込まれている。

ヨンホの父が営む革工房、ソヒの家が営む古書店なども、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。のちのちヨンホが開く傘の工房も同様だ。そこで製作される傘が実に味わいがある(犬用の傘ばかり注文が来るとヨンホは嘆くが)。

ドラマの背景として、苛烈な受験競争や学歴社会といった韓国社会の問題点をさりげなく盛り込んでいるのも、いかにも韓国映画らしいところだろう。

ヨンホとソヒ以外の脇役も輝いている。ヨンホの父や兄、ソヒの母や古書店の常連客といった人々を巧みにドラマに配しているのだが、そんな中で最も目立つのがヨンホに好意を持つスジン(カン・ソラ)だ。おでん屋で出会い、いきなりヨンホに奢らせる。レスリー・チャンの自殺のニュースからいきなりモーテルにヨンホを連れ込み、海が見たいというヨンホをタクシーに乗せて海に連れていく。予測不能、天真爛漫。しかし、その心の奥底にはヨンホへの真摯な思いがある。

しかし、ヨンホはその思いに答えられない。それがわかった時のスジンの切ない表情がたまらない。けっして涙など見せない彼女だが、心ではきっと泣いているに違いない。

ヨンホがスジンにあと一歩踏み込めない理由は、言うまでもなくソヒの存在だ。姉を語ってソヒが彼に書く手紙が、なかなかに凝っている。お日様にかざさないと読めない手紙など、よくもまあ面白いことを考えつくものだ。おかげでヨンホはますます惹かれてしまうのである。

「質問しない、会いたいと言わない、会いに来ない」と決めたものの、両者が一度だけその禁を破って会おうとする場面がある。それがまた見事なすれ違いなのだ。こういう場面を描かせたら、韓国映画は本当にうまい。

ヨンホとソヒの手紙のやりとりは、両者の距離を縮めただけでなく、余命わずかと言われたソヒの姉にも好影響を与える。そんな中、やがてヨンホは「12月31日に雨が降ったら会おう」という提案をする。それはとても可能性の低い提案だった。

クライマックスは大いに盛り上がる。なにせヨンホは毎年12月31日にソヒを待つのだ。だが、雨はなかなか降らない。それでも、ついに奇跡は起きるのか!?

うーむ、なるほど良い映画なのだが何となく腑に落ちないものが……。そもそもヨンホはソヒではなく、彼女の姉を待っているのではないか。いや、ヨンホは彼女の姉が死んでいることを伝え聞いて知っているのだ。だとすれば、やっぱり待っているのはソヒか。それにしてはイマイチ、ロマンスとしては弱いのではないか。

などといろいろ考えていたら、何とまあいったんドラマが終わって、エンドロールの始まったそのさなかに驚きの事実が告げられる。えー! それってありなのか。まったく予想していなかったゾ。うーむ、しかし、たしかにドラマ的には納得。あのオチだったら、ちゃんと落とし前はついているものなあ。

ヨンホ役のカン・ハヌルは純朴な役柄が似合っている。彼が演じていたからこそ、手紙のやりとりで心を通わせていく設定が成立したのだろう。ソヒ役のチョン・ウヒもみずみずしい演技を見せている。

が、私的にイチオシはスジン役のカン・ソラ。いやぁ、私がヨンホだったら、完全にあっちに惹かれますなぁ。あのキャラには降参です。

観終わって温かな気持ちになれること間違いなし。心地よい余韻に浸れる映画です。

 

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◆「雨とあなたの物語」(WAITING FOR RAIN)
(2021年 韓国)(上映時間1時間57分)
監督:チョ・ジンモ
出演:カン・ハヌル、チョン・ウヒ、イ・ソル、カン・ヨンソク、イム・ジュファン、イ・ヤンヒ、イ・ハンナ、カン・ソラ
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ https://synca.jp/ametoanata

 


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