映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「三度目の、正直」

「三度目の、正直」
2022年1月26日(水)シアター・シメージフォーラムにて。午後1時30分より鑑賞(スクリーン1/C-4)

~神戸の街で普通の人々が遭遇する苦悩。不思議な魅力を持つ群像劇

いまや映画ファンなら誰でも知る存在になった濱口竜介監督。その出世作である「ハッピーアワー」(2015年)の共同脚本を手がけ、黒沢清監督の「スパイの妻」の共同脚本も担当しているのが野原位(のはら・ただし)だ。

その野原位が、劇場監督デビューを果たした映画が「三度目の、正直」である。昨年の東京国際映画祭コンペティション部門に出品された。主演は「ハッピーアワー」の川村りら。脚本にも参加している。神戸がドラマの舞台で、他の俳優やスタッフの多くも「ハッピーアワー」と重なっている。

主人公は月島春(川村りら)。パートナーの宗一朗(田辺泰信)の連れ子の蘭がカナダに留学する。蘭が去って、言い知れぬ寂しさを抱える春。そんな中、春は元夫の賢治(謝花喜天)から再婚することを告げられる。付き合っている相手が妊娠したという。かつて2人が結婚していた当時、春は賢治の子供を流産していた。

春は養子をもらうことを考える。翌日相談所で話を聞き、宗一朗に2人で里親になって子供を引き取りたいと話を持ち掛ける。だが、宗一朗は「他に好きな人ができたから別れて欲しい」と春に告げる。

ある日、春は公園で記憶を失くした青年(川村知)と出会う。春は青年を神からの贈り物だと信じて、自身で育てたいと願う。

一方、精肉店で働きながらラッパーとして活動する春の弟・毅(小林勝行)は、精神の不安を抱えながら、毅の創作を献身的に支える妻・美香子(出村弘美)とともに4歳の子供を育てていた。美香子は定期的に、心療内科の医師である宗一朗の診察を受けていた。

神戸の街を舞台に、様々な問題で苦悩する人々を描く群像劇だ。それは総じて夫婦、子供などの家族の問題である。とりわけ、苦悩が深いのは主人公の春だ。連れ子に去られ、前夫が再婚し、今のパートナーから別れを告げられた彼女は、寂しさに打ちひしがれる。

そこに現れたのが記憶喪失の青年だ。彼を前にした春は狂気に走る。青年を部屋に閉じ込め、鍵をかけ、自分の喉に裁ちバサミを突きつけて「出ていくんやったら死ぬで」と静かに告げるのだ。名前も流産した子に付けるはずだった、生人(なると)と呼ぶ。これはもう、ほとんどサイコスリラーの世界である。

一方、彼女の義妹・美香子も何やら危うい。ラッパーの夫の活動を必死で手助けしている彼女は、ふだんはごく普通の女性だ。だが、次第に精神的に追い詰められていることが明らかになる。そして、あることをきっかけについに何かが崩壊する。

いわゆる常識に沿ったドラマとは違う。例えば、春の元夫や現在のパートナーがDV男だったりしたら、ドラマの展開としてはわかりやすいだろう。だが、そうではない。彼らはふだんは優しくて物分かりがいい。美香子の夫も武骨だが、妻も子供も心から愛する良い夫だ。

それでは彼らが根っからの善人かと言えば、そうとも言い切れない。春の元夫は結婚している時に浮気をしていたという。現在のパートナーは春をあっさり捨てる。美香子の夫も、彼女のサポートを当然のことと認識しているようだ。要するに彼らはみんな身勝手なのだ。

身勝手といえば春もそうだ。自分の思いだけで、周囲の反対も聞かずに青年を育てるという。美香子にしても、いくら精神を病んでいるといってもその行動は突飛すぎる。だが、同時に、彼らはそれ以外の面ではとても優しくて、思いやりがある。

いったい彼らは何者なのか。その人物造型は、ごく普通に生きる人々をデフォルメした姿なのかもしれない。時には身勝手に振る舞い、時には物分かりがよくて思いやりにあふれている。誰しもがそんな多面性を持つのではないだろうか。それを極端な形で見せたのがこのドラマの登場人物のような気がする。

印象的なのは、劇中の登場人物の思いと会話がすれ違うことだ。うまく表現できない思いが胸に渦巻き、それを会話にする。しかし、それが相手とかみ合うことはない。すれ違いが増幅していく。だが、何が正解なのかは本人にもわからない。そのもどかしさが募る。

すれ違いが象徴的に表れるのが、終盤での美香子と夫の車中での会話だ。それぞれが思いをぶつけ合うものの、その会話はどんどんすれ違っていく。人と人がつながることの難しさを思い知らされる恐ろしく、そして悲しいシーンである。

全体の描写は抑制的だ。どこかクールで被写体から微妙な距離を保っている。ショットはぶつ切りのように重ねられ、不穏な空気が漂う。俳優の演技も演出も情感を前面に押し出すことはない。それもこの映画に独特の色を与えている。

ドラマは、青年の父親(彼もまた多面性を持つ人物だ)の出現によって転機を迎える。それを契機に、生きることの面倒さと同時に、微かな希望も感じさせる終幕へと向かうのである。

著名な俳優は出演していない。だが、いずれも圧倒的な存在感がある。特に主演の川村りらは、演技経験のないままに出演した「ハッピーアワー」でロカルノ国際映画賞の最優秀女優賞のひとりとなったが、今回も繊細な感情表現など説得力十分の演技だった。

けっしてわかりやすくはないが、ありきたりの映画にはない不思議な魅力を持つ映画だ。観終わった後の衝撃度はかなりのものだった。

 

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◆「三度目の、正直」
(2021年 日本)(上映時間1時間52分)
監督・編集:野原位
出演:川村りら、小林勝行、出村弘美、川村知、田辺泰信、謝花喜天、福永祥子、影吉紗都、三浦博之
*シアター・シメージフォーラムほかにて公開中
ホームページ http://sandome.brighthorse-film.com/

 


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