映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「前科者」

「前科者」
2022年1月31日(月)TOHOシネマズ 池袋にて。午後12時40分より鑑賞(スクリーン7/E-9)

~前科者の更生の意味を問う。骨太な社会派エンターティメント

保護司という仕事があるのは知っていた。犯罪者の更生を助ける仕事だ。だが、それが非常勤の国家公務員にもかかわらず、無報酬だというのは初めて知った。

「前科者」は保護司に光を当てた映画だ。もともとは香川まさひと・作、月島冬二・画によるコミックスをWOWWOWでドラマ化。本作はその映画版だが、「二重生活」「あゝ、荒野」の岸善幸監督が原作にないオリジナルストーリーで描いているから、ドラマを観ていなくてもまったく問題はない。

主人公は28歳の阿川佳代(有村架純)。ある出来事をきっかけに、保護司となって3年目の彼女はコンビニで働きながら、更生を目指す前科者たちのために奔走していた。彼女が担当する元殺人犯の青年、工藤誠(森田剛)は、自動車修理工場でまじめに働き、阿川とも信頼関係を築いていた。ところが、最後の面談の日に誠は忽然と姿を消す。そんな中、連続殺人事件が発生し、阿川は中学時代の同級生だった刑事の滝本(磯村勇斗)から、工藤が警察に追われていることを知らされる……。

映画の冒頭で、中学時代の阿川が滝本にキスをするシーンが描かれる。それは実は彼女が保護司になった理由と関係しているのだ。

今の阿川は、保護司としてひたすら一生懸命に前科者の更生をサポートしていた。何人かの前科者と彼女とのやりとりが描かれるが、なかでもあれこれ文句をつけて仕事を休もうとする女性宅に乗り込んだ時がスゴイ。窓ガラスをたたき割って、彼女に仕事に行くように迫るのだ。それほど真剣に阿川は前科者たちに接していたのである。

彼女が担当する前科者の1人が工藤誠という青年だ。彼は職場の先輩を刺し殺して刑務所に入っていた。仮出所後は寡黙ながら真面目に自動車修理工場で働き、阿川とも信頼関係を築いていた。ところが、ある日、忽然と姿を消したのだ。いったいなぜ更生間近の彼が失踪したのか。そのミステリーが描かれる。

とはいえ、そのミステリーは連続殺人事件と結びついて典型的な刑事ドラマのスタイルで進む。しかも、殺人事件の真犯人は最初からバレバレなのだ。だから、謎解きの醍醐味は期待しない方がよい。

その代わり、事件の捜査を通じて工藤の悲惨な生い立ちが見えてくる。ある医師の証言が衝撃的だ。かつてはそれが当然だったといっても、明確な人権侵害が堂々と行われていたのだ。工藤はその被害者だった。

そして、そんな工藤を信頼し、裏切られた阿川の挫折と苦悩も描かれる。「殺人犯でも更生できる」と信じ、ひたすら寄り添い続けてきた彼女は無力感に打ちひしがれる。

それと同時に冒頭のエピソードを引き継いで、彼女がなぜ保護司になったのかも明らかにされる。それは衝撃的な出来事だった。

本作には様々な問いかけが込められている。一度罪を犯した者は更生することができるのか。人は他人の罪を許せるのか。世間の偏見や不寛容が広がる今の世の中で、それらの問いは重い意味を持つ。

それを堅苦しい映画ではなく、エンターティメントで描いているところが本作の真骨頂だ。前述したように殺人事件の捜査劇はベタベタの刑事ドラマだし、昭和の人情ドラマのようなところもある。笑いの要素もあちこちに散りばめられている。それでも社会派ドラマの本質はきっちり押さえて外さない。

印象的な場面がたくさんある映画だ。例えば、自信喪失した阿川に元受刑者で友人のみどりが「前科者に必要なのはあんたのような人間だ」と励ます場面。そして終盤で犯人逮捕後に阿川と工藤が対する場面。それは魂の対話と言ってもいいぐらい壮絶な場面だ。涙なくしては観られない圧巻のシーンだった。

主演の有村架純は本当に良い俳優になったと思う。「花束みたいな恋をした」の演技も素晴らしかったが、この映画の彼女は一段と輝いている。前科者に寄り添い続ける姿をベースにしつつ、様々な表情を見せる幅の広い演技だった。

そして6年ぶりの映画出演という森田剛。ずいぶんと凄みのある演技を見せてくれるではないか。外見はただのオッサンになりきっているのだが(失礼!)、その奥に底知れぬ何かを感じさせる演技だった。

この2人に加え、マキタスポーツ石橋静河リリー・フランキー木村多江宇野祥平広岡由里子山本浩司らの脇役陣が、短い出番にもかかわらず圧倒的な存在感を示しているのもこの映画の見どころだ。

エンタメ色を前面に押し出しつつ、骨太な社会派ドラマを展開した力作だ。こういう時代だからこそ、なおさら意味のある映画だと思う。

◆「前科者」
(2021年 日本)(上映時間2時間13分)
監督・脚本・編集:岸善幸
出演:有村架純磯村勇斗若葉竜也マキタスポーツ石橋静河北村有起哉宇野祥平リリー・フランキー木村多江森田剛
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://zenkamono-movie.jp/

 


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