映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ちょっと思い出しただけ」

「ちょっと思い出しただけ」
2022年2月13日(日)シネ・リーブル池袋にて。午後11時55分より鑑賞(スクリーン1/C-8)

~キラキラした恋愛の日々を時間をさかのぼって見せる切なすぎるラブストーリー

ラブストーリーは、いかに観客の共感を呼ぶかが鍵。観客が嘘くささを感じたり、気恥ずかしさを覚えるようではいけない。特に過去の恋愛を描くなら、切なさやノスタルジーをどれだけかき立てられるかがポイントだ。

その点、松居大悟監督の「ちょっと思い出しただけ」は、実によくできたラブストーリーである。若いながら相当なキャリアを持つ松居監督だが、前作の「くれなずめ」といい、ここのところの充実ぶりには目を見張らされる。

「ちょっと思い出しただけ」は、バンド「クリープハイプ」の尾崎世界観ジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」に着想を得て書き上げた新曲「Night on the Planet」に、松居監督が触発されてオリジナル脚本を書いたという。

ちなみに、その尾崎世界観が、この映画では重要な役どころであちこちに登場してくる。

映画の冒頭は東京の夜景だ。夜の街を一台のタクシーが走る。運転手は野原葉(伊藤沙莉)。このドラマの主人公だ。葉はタクシーの客の若い女性の陽気な態度を見て、思わず話しかける。彼女は誕生日だという。だが、昨日は落ち込んで死にかけたというのだ。彼女は葉に尋ねる。「運転手さんは幸せ?」。

続いて、一人の男が家を出て仕事場に向かう様子が描かれる。佐伯照生(池松壮亮)。このドラマのもう一人の主人公だ。朝起きてサボテンに水をあげ、ラジオから流れる音楽に合わせて体を動かす。照生は舞台の照明係をしている(劇中では高円寺の劇場「座・高円寺」が映る)。ダンスの公演の照明を担当する照生。実は彼は元ダンサーだったのだ。

葉と照生。彼らはかつてつきあっていたものの、今は別れているのである。その6年にわたる2人の愛の軌跡を、照生の誕生日である7月26日を1年ずつさかのぼる形で描き出していくのが本作だ。

冒頭のシーンは2021年7月26日。全員がコロナ禍でマスクをしている。もちろんタクシー運転手の葉もそうだし、照生が照明を担当する舞台の観客もそうだ。そこから時間をさかのぼると、違う風景が見えてくる。それが時間の流れを象徴的に見せる。

1年ずつ、時間をさかのぼって様々なシーンが描かれる。ある年の照生は部屋でリモート会議をし、葉は飛沫シートを付けたタクシーをマスク姿で運転している。また、違う年の照生はバーで常連のフミオやダンス仲間の泉美と酒を飲み、居酒屋で合コンをしていた葉は、その合間に見知らぬ男から声をかけられる。

そんな中でも心に染みるのが、2人の別れのシーンだろう。照生が足にけがをしたのをきっかけに、2人の仲はギクシャクし、ついに別れてしまう。そこで秀逸なのが、葉の運転するタクシーの車内で、2人が言い争うようすを長回しで映すところだ。

それはまるでアドリブのようなごく自然なケンカ。自らの今後に結論を出すまでは連絡を絶とうと決めた照生。それが逆に耐えきれなかった葉。2人のすれ違う気持ちが、ダイレクトに伝わってくる。焼き鳥屋をめぐって葉が文句を言うところなど、どうでもいい話なのだが、「ああ、あるよなぁ。ああいうこと」とつい納得させられるのだ。

2人がラブラブだった頃のシーンも忘れがたい。照生のバイト先の水族館に忍び込み、楽しげにじゃれ合う2人。これもまたアドリブのようにごく自然で、みずみずしい会話だ。いかにも恋愛中の2人らしい。全編にユーモアが散りばめられていることもあって、観ているこちらもついニコニコしてしまうのだ。

それ以外にも、2人がつきあい始めた頃に、照生と葉が夜の商店街でダンスをするシーンなど、胸キュンのたまらないシーンが満載だ。会話が抜群に面白いし、ユーモアにあふれている。様々なディテールにもこだわっているから、セリフ以外の部分でも伝わってくるものがある。髪留めや猫など小道具の使い方もうまい。同じ行動が年によって微妙に違っていたりもする。

まあ、それもこれも2人が別れているからこそ、キラキラの日々がなおさら愛おしく、切なくなってくるわけだ。

2人の周辺のサブストーリーも心に残る。特に永瀬正敏演じる男が、公園のベンチでずっと妻を待つシーン。最初は何やら怪しい人物にしか見えなかった彼だが、何度か時間をさかのぼるうちに感動のエピソードが見えてくる。

ラストには再び今現在の2人の姿が映る。2人は過去を吹っ切ったのだろうか。タイトル通りに「ちょっと思い出しただけ」というのは強がりかもしれない。少なくとも人生の一時期にクッキリと彼らの胸の奥底に刻印された思い出だろう。その心情を松居監督がリアルに伝えてくれるから、大した恋愛経験もない自分もすっかり引き込まれてしまった。松居監督、腕を上げたなぁ~。

過ぎ去った恋愛の日々を振り返って、ノスタルジックで切ない思いでいっぱいになる映画だ。終わった愛の軌跡を、時間をさかのぼって描くといえば、燃え殻の原作を映画化した「ボクたちはみんな大人になれなかった」を思い起こす。図らずもあちらにも伊藤沙莉が出演していた。また、「花束みたいな恋をした」も、終わった恋愛を振り返るドラマだ。両作品とも優れた作品だったが、本作もそれに負けず劣らず胸にしみわたるラブストーリーになっている。

池松壮亮伊藤沙莉はまるで当て書きしたように役にはまっていた。池松のダンサーもなかなかだし、伊藤のタクシー運転手もぴったりだった。それにしても伊藤沙莉は、外見はどこにでもいる普通の女の子なのに、ものすごい存在感を見せる。「ボクたちはみんな大人になれなかった」に続いて、素晴らしい演技を見せてもらった。

 

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◆「ちょっと思い出しただけ」
(2021年 日本)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:松居大悟
出演:池松壮亮伊藤沙莉河合優実、大関れいか、屋敷裕政、尾崎世界観、渋川清彦、松浦祐也、篠原篤、郭智博、広瀬斗史輝、山崎将平、細井鼓太、成田凌市川実和子高岡早紀、神野三鈴、菅田俊鈴木慶一國村隼永瀬正敏
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
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