映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」

「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ
2022年2月15日(火)グランドシネマサンシャインにて。午後3時より鑑賞(スクリーン2/E-6)

~権力と闘う伝説の歌手の強い意志と人間的な弱さ

ジャズには疎いのだが、ビリー・ホリデイというシンガーの名前は知っている。人種差別をテーマにした「奇妙な果実」という曲を歌ったシンガーだ。そのビリー・ホリデイの伝記映画が「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」である。監督は「プレシャス」「大統領の執事の涙」のリー・ダニエルズ

映画は1947年から始まる。その時点で、ビリー(アンドラ・デイ)はすでに人気歌手になっている。「奇妙な果実」も代表曲の一つになっている。だが、アメリカ政府は「奇妙な果実」を歌わないように圧力をかけ始める。その曲は黒人がリンチに遭って木に吊るされた光景を歌った、凄惨な現実を告発した歌だった。

なにせビリーは黒人はもちろん、白人にも人気がある歌手だ。当時は、人種差別の撤廃を求める人々が国に立ち向かった公民権運動の黎明期であり、その影響が運動に及ばないとも限らない。政府はそれを恐れていたのだ。

しかし、「奇妙な果実」を歌ったからといって、彼女を逮捕するわけにはいかない。そこで連邦麻薬取締局のアンスリンガー長官(ギャレット・ヘドランド)は策を巡らす。

ビリーは熱烈なファンの黒人青年、フレッチャー(トレヴァンテ・ローズ)と親しくなる。だが、実は彼はアンスリンガーがおとり捜査に差し向けた麻薬取締局の捜査官だったのだ。ビリーは逮捕されて実刑判決を受ける。それでも1年後に出所するとファンが出迎え、カーネギーホールでのコンサートは大成功する。

というわけで、伝記映画といってもビリーの子供時代などは、ほとんど登場しない。わずかに、ある人物の幻想の世界で、彼女の不幸な生い立ちが描かれる程度である(それが現在の彼女の行動に、大きな影響を与えていることは確かなのだが)。

中心的に描かれるのは、悪辣で執拗な策でビリーを陥れようとする麻薬取締局と、それに対して強い意志で歌い続けるビリーの姿だ。どんなに苦境に立とうとも、彼女は権力の横暴に反発し続ける。

とはいえ、ビリーを偉人として描くわけではない。不幸な幼少期を過ごした影響で、孤独な彼女は薬物を断つことができず、男運にも恵まれない。言い寄ってくる男たちは彼女を利用することしか考えず、何度も裏切られる。しまいには、仲間とも険悪な雰囲気になり、ますます彼女は孤独に陥る。そんな弱さを併せ持つ人間としてのビリーを強調するのだ。

そんな中、唯一の心を許せる男性がフレッチャーだった。彼はビリーを刑務所に送り込んだのちに、さらなる工作を命じられる。だが、フレッチャーは黒人を狙い撃ちする命令に疑問を持つようになり、さらにビリーの魅力にも取りつかれる。そしてビリーと親しくなるのである。

このフレッチャーが、実に良い人なのだ。ビリーに近づく他の男がほとんどクズだから、ますます彼の良さが際立つ。最初から彼のような男と知り合っていたら、ビリーの人生もずいぶん違ったものになったのではないだろうか。

ビリーとフレッチャーが接近するのは、全米ツアー中のこと。ビリー一行はバスに乗って各地を回り、フレッチャーは乗用車で後ろをついてまわる。アンスリンガー長官に尾行を命じられたのだが、そんな命令はもうどうでもよくなっていた。

そのツアー中には、この映画で最も忘れ難い場面が登場する。「奇妙な果実」に歌われたのと同じ凄惨な光景が、ビリーの目の前で展開するのだ。黒人女性が木に吊るされ、家族が呆然としてそれを見ているのである。

その直後に、ビリーは「奇妙な果実」を歌う。その歌声はゾクゾクするような、この世のものとも思えない鬼気迫る歌声である。

劇中の歌は、ビリーを演じているグラミー賞ノミネート歴もあるR&Bシンガーのアンドラ・デイが担当している。いずれも素晴らしい歌声だ。「奇妙な果実」はもちろん、「オール・オブ・ミー」のようなスイートなラブソングも堪能できる。

いや、歌声だけではない。歌に込められたメッセージを全身全霊で表現した演技も圧巻だ。演技は初めてというのが信じられない。

まるで昔のフィルムのようなモノクロ映像を使ったり、現実離れした幻想的な場面を登場させたりと、いろいろと細かな工夫をしていることもあって、やや取っ散らかった感じがしないこともない本作。だが、それを救っているのがアンドラ・デイの熱演だ。彼女なしにこの映画はなかったと思う。

ビリーは44歳の若さで死去している。ラストは死の間際の彼女。フレッチャーが甲斐甲斐しく世話をするが、またしてもクズ男が登場する。そして、そこでもまたアンスリンガーの策略が。それを毅然とはねのけるビリーの強い意志を表すとともに、アメリカの人種差別が今も続いていることを印象付けてドラマは終わる。

エンドロールのアンドラ・デイの歌声が心をつかんで離さない。やはりこの映画は、彼女ありきの作品である。

 

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◆「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」(THE UNITED STATES VS. BILLIE HOLIDAY
(2021年 アメリカ)(上映時間2時間11分)
監督:リー・ダニエルズ
出演:アンドラ・デイ、トレヴァンテ・ローズギャレット・ヘドランド、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ローレンス・ワシントン、ロブ・モーガンナターシャ・リオン、トーン・ベル、エリック・ラレイ・ハーヴェイ
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/billie/

 


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