映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイスモールランド」

「マイスモールランド」
2022年5月13日(金)池袋シネマ・ロサにて。午後12時20分より鑑賞(シネマ・ロサ2/D-8)

~静かな怒りの炎がそこにはある。在日クルド人少女の苦境

「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人。日本でも埼玉県の川口市などを中心に、トルコから逃れてきたクルド人約2000人が暮らしている。だが、迫害から逃れて日本に来ても、彼らが難民認定されることはほとんどない。

川和田恵真監督の商業映画デビュー作「マイスモールランド」は、そんなクルド人の現状を17歳の1人の少女の目線で描いた作品だ。川和田監督は大学卒業後、是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」に在籍し、是枝作品の監督助手などを務めてきた。彼女自身がイギリス人の父親と日本人の母親を持つことから、自身の経験もこの映画に投影されているのではないかと思う。

映画の冒頭、クルド人の盛大な結婚パーティーの様子が描かれる。出席者は楽しそうに歌い踊る。だが、その中で17歳の少女サーリャ(嵐莉菜)だけは、硬い表情でいた。

サーリャはクルド人の家族とともに故郷を逃れ、幼い頃から日本で育った。現在は埼玉に父と中学生の妹、小学生の弟の家族4人で暮らし、地元の高校に通っていた。学校の先生を夢見る彼女は大学進学の資金を貯めるためにバイトを始め、そこで東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会う。

前半は、サーリャと聡太の初々しいロマンスを中心に、彼女の学校生活や家族のドラマが描かれる。特にサーリャと聡太のドラマは、みずみずしさにあふれている。2人が徐々に距離を縮めていく様子が、実に生き生きと活写されている。

だが、明るさの裏には影がある。サーリャと聡太のキラキラしたロマンスがあるからこそ、その影が際立つ。サーリャはクルド人であることを隠し、ドイツ人だと偽っていた。それはほとんどの日本人がクルド人のことを知らないのと同時に、好奇の目にさらされることを嫌ったためだろう。

特に劇中で目立つのが悪意のない差別だ。コンビニの客の老女の言葉が象徴的だ。「いつか国に帰るんでしょ?」。その言葉には悪意のかけらもない。むしろ善意に満ちている。だが、それがサーリャを傷つける。コンビニの店長も然り、聡太の母親も然り。同世代の日本人と変わらない生活を送っているサーリャだが、周囲はそうとは見ていないのだ。

一方のクルド人社会もサーリャを苦しめる。家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。父は「クルド人としての誇りを失わないように」厳命し、将来の結婚相手まで決めようとする。サーリャは日本人としても、クルド人としても居場所がなかったのだ。

そんな中で、数少ない心の安らぎが聡太の存在だった。サーリャは初めて自分の生い立ちを聡太に話す。

映画が中盤に差しかかった頃、サーリャたち家族の難民申請が不認定となる。そもそも日本の難民政策はクルド人に限らず冷酷なものだ。どんなに迫害の証拠を突きつけても、めったに申請が通るものではない。この理不尽さに対して、静かな怒りの炎が燃やされる。声高ではないものの、現状に対する疑問や異議申し立ての明確なメッセージがそこにはある。

これをきっかけに、サーリャは困難に直面する。在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。仕事を続けていた父はそれが露見し、入管施設に収容される。サーリャもコンビニのバイトを首になる。

後半は次第に追い詰められていくサーリャの姿を追う。特にドキュメンタリータッチで撮られているわけではないが、その姿は異様にリアルだ。当事者の痛みがヒシヒシと伝わってくる。弁護士も一家を支えようとするが、それがお決まりの対応に見えてしまうのは、サーリャの痛みが痛切だからだろう。

それでもサーリャに寄り添おうとするのが聡太だ。弟、妹とともに川原に遊びに行ったシーンが印象深い。サーリャのしぐさに「サヨナラ」を感じ取っただろう彼は、そっと彼女の手を引くのだ。

その後、入管施設に収容された父は、突然帰国すると言い出す。迫害の可能性が高いのにも関わらず。その裏には何があるのか……。

このドラマは安易な結論を導き出さない。観客に判断を委ねている。「こんな現状をどう思いますか?」と。それは真摯な問いかけだ。川和田監督の強い意志を感じる。

ただし、個人的にはラストの一瞬のサーリャの表情に注目した。その目の光は力強いものだった。彼女はこの日本で様々な困難に立ち向かい、力強く生き抜く決意をしたのではないか。そう信じたくなってしまうのだ。

主演の嵐莉菜が素晴らしい。モデルとして活躍しており、これが映画初出演とのことだが、その佇まいといい表情といい、感情の起伏を繊細に表現していた。相手役の奥平大兼(「MOTHER マザー」)の自然体の演技も良かった。

明確な社会的メッセージを持つとともに、優れた少女の成長物語でもある。語り口はやや単調だが、それを凌駕する圧倒的な力を持つ。師匠格の是枝監督の一連の作品にも通じるものがそこにはある。間違いなく今年有数の一作といえるだろう。必見!

◆「マイスモールランド」
(2022年 日本・フランス)(上映時間1時間54分)
監督:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、韓英恵、吉田ウーロン太、板橋駿谷、田村健太郎池田良、新谷ゆづみ、さくら、サヘル・ローズ小倉一郎藤井隆池脇千鶴平泉成
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://mysmallland.jp/

 


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