映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「流浪の月」

「流浪の月」
2022年5月18日(水)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時20分の回(D-9)

~理解し難い関係を役者の演技で体現した濃密な映画

リスクを避けて空いた映画館を探して出かける今日この頃。この日観たのは「流浪の月」。池袋では何と3館で上映しているとあって、そのうちのやや余裕がありそうな劇場へ。

本屋大賞に輝いた凪良ゆうの同名ベストセラーを、「悪人」「怒り」の李相日監督が映画化した(脚本も)。

珍しく事前に原作を読んだのだが、正直、中盤はストーカーの活動報告みたいで冗長で、読むのをやめようかと思ったほどだった。後半は持ち直して面白くなったものの、「これが本当に本屋大賞?」というのが個人的な感想だった。

それを映画化したわけだが、これがまあはるかに原作より良くて、見応えがあった。2時間30分の長尺だが、その濃密さのおかげでちっとも長く感じなかった。

ある日、雨の公園でびしょ濡れになっていた10歳の少女・家内更紗(白鳥玉季)に、19歳の大学生・佐伯文(松坂桃李)が傘をさしかける。更紗は引き取られた伯母の家に帰ることを嫌がり、文は彼女を自宅に連れて帰る。しばらく2人は仲良く暮らすが2か月後、文は誘拐犯として逮捕される。15年後、更紗(広瀬すず)は婚約者の亮(横浜流星)と暮らしていたが、ある日偶然入ったカフェで文と再会する。

更紗と文の関係はわかりやすいものではない。恋人のようだが性的関係はなく、家族的なつながりとも微妙に違う。既存の枠に収まらない、常人にはなかなか理解しがたい関係なのだ。

それをどう描くのか。李監督は広瀬すず松坂桃李の演技にすべてを託したのだ。そのため過剰な説明などは一切ない。セリフで語られる物語の背景も必要最低限だ。その代わり、文と更紗の生き様そのものに2人の関係性を見出すのである。

それに応えた広瀬と松坂の演技が素晴らしい。「誘拐事件の被害女児」として世間の同情や好奇の目にさらされ続けて、自分を偽って生きてきた更紗。一方、「ロリコンの加害者」として世間の非難や嘲りの対象となり、息をひそめるようにして生きてきた文。2人の繊細な演技によってそれぞれの心理がさらけ出される。まさに更紗と文を生き切ったといってもいい演技だ。子供時代の更紗を演じた白鳥玉季の好演も見逃せない。

おかけで、文と更紗の関係が明確に理解できなくても、そこに理屈を超えた説得力を感じてしまうのだ。まさに力ワザ! 

映画の冒頭は「事件」当日の描写から。そこから15年後の現在進行形のドラマと、過去のドラマが交互に描かれる。その構成が絶妙だ。何度か映る月のショット、カーテンの何気ない揺らめきのショットなど、短く挿入される映像にも味わいがある。ちなみに、撮影監督は「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョが担当している。

静かではあるが内に秘められた激しい思いが、通底しながらドラマは進む。思いもかけない更紗と文の再会。それでもお互いに真情を押し殺して生きる。だが、ついに世間のくびきを捨て去る時が来る。15年前も今も、2人にとって居場所は他にどこにもなかったのだ。

そんな2人を周囲は理解しようとしない。世間の枠からはみ出した者に対する偏見や抑圧もまた、この映画では大きくクローズアップされる。

だが、しかし、2人は覚悟を持って進む。もう誰にも邪魔はさせない。自分の生き方は自分で決める、と。原作にあった後日談をカットしたのは、時間のせいかもしれないが、より深く2人の覚悟を示すエンディングになったと思う。

原作で気になったストーカーの活動報告みたいなところはすべてカット。それによって原作が描こうとしたものがよりピュアになった感じだ。その一方、気になったのは文の家庭環境が母との対峙シーンなどで比較的前面に出ていたのに対して、更紗の家庭(叔母に引き取られる前の)についてはセリフで説明する程度だったところ。もう少し彼女の生い立ちが見えてもよかったと思う。

キャストは主演の2人以外にも、横浜流星のDV男が絶品の演技。自分の狂気を抑えられずにもがく姿が見事だった。身勝手だが憎めない更紗の職場の同僚役の趣里も存在感があった。文の母親役の内田也哉子は、すっかり樹木希林に似てきたなぁ。

李監督らしい濃密な映画だ。広瀬すず松坂桃李の演技だけでも観る価値がある。個人的には原作よりもはるかに面白い映画だった。

◆「流浪の月」
(2022年 日本)(上映時間2時間30分)
監督・脚本:李相日
出演:広瀬すず松坂桃李横浜流星多部未華子趣里三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、安西梨花内田也哉子柄本明
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/rurounotsuki/

 


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