映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜を走る」

「夜を走る」
2022年6月2日(木)テアトル新宿にて。午後2時30分より鑑賞(B-9)

~スクラップ工場に勤める2人の男の運命。予測不能でまさに怪作!

トップガン マーヴェリック」も「シン・ゴジラ」も観に行かない私。いや、時間があれば観たいんですけどね。

というわけで、手術してから初めて「日本映画の今を写し出す邦画専門の映画館」(劇場HPより)テアトル新宿へ。観たのは佐向大監督の「夜を走る」。

佐向監督は大杉漣の遺作となった前作「教誨師」で注目された監督。実は、「教誨師」より前にこちらを映画化する話があり、大杉がプロデュースするはずだったとのこと。大杉の名は企画に残っている。

スクラップ工場に勤める2人の男のドラマだ。不器用で実直な秋本(足立智充)は上司からも取引先からもバカにされながら暮らしていた。一方、谷口(玉置玲央)は家族を持ちながら世の中をうまく渡っていた。それぞれが退屈で平穏な日常を送る秋本と谷口だったが、ある夜の出来事をきっかけに、2人の運命は大きく揺らぎはじめる……。

実直な男と世渡り上手な男。2人の男のバディームービーかと思いきや、そうではなかった。序盤はそれぞれの生き様が描かれる。秋本は上司や取引先の理不尽な要求にも、「仕方がない」と笑ってやり過ごす。一方の谷口は世渡り上手で、妻子がありながら不倫をするなど要領よく生きている。

そんな2人が勤めるのはスクラップ工場。轟音の中、鉄くずをスクラップしていく。その生々しい光景!

そこで退屈な毎日を送る2人の男たち。平静を装う秋本の心だが、その奥底には様々な感情が次第に鬱積していく。ゴルフばかりで仕事もしない社長をはじめ、周囲の人々も彼を苛立たせる。

このようにドラマは、社会の底辺でうごめく男たちの葛藤を描くかのようにして始まる。だが、途中からは想像もつかない方向に転がり出す。ある出来事をきっかけに、2人は思わぬ運命にさらされるのだ。

まあ、どんな出来事かはネタバレになるから詳しくは言わないが、死体遺棄が絡む事件とだけ言っておこう。その背景には溜まりに溜まった秋本の激情と、どんな場面でも狡猾に振る舞おうとする谷口の打算がある。

こうしてクライムサスペンスの趣を見せるドラマだが、その先に待っているのは予想もつかないシュールな展開だ。この世の不条理と人間の弱さを内包しつつカオスな世界へ突入。異様なシーンが次々に現出する。

秋本が足を踏み入れたのはカルト宗教のような団体。そこでリーダーは彼のすべてを許すという。ようやく居場所見つけた秋本。彼の罪の意識も薄れたかのように思えた。

一方の谷口は、あの夜の出来事に心乱れる。特に警察の捜査が入ってから彼の身辺は急を告げる。以前から悪かった妻との関係もますます険悪になる。

などと書いているが、はっきり言ってよくわからないところも多い。はたして何を意味しているのか。考えても結論の出ない場面が続く。

特に終盤は驚きの連続だ。例えば、秋本が突然披露するダンス。あれはいったい何なのだろう。救いを求める彼の心の表れなのだろうか。それとも自分は変わったというアピールなのか。

ただし、明確なことがある。そこには圧倒的な絶望感が横たわっている。それは観ていて息苦しくなるほどだ。

秋本と谷口は、一見、事件によって運命を狂わせられたかのように見える。だが、社会や周囲によってがんじがらめにされ、身動きが取れないという点では少しも変わっていないともいえる。劇中で「自分は変わっていないのに周囲が変わる……」という主旨のセリフがあるが、それは秋本と谷口の立場を示しているのかもしれない。

彼らは事件によって変わったのか。変わらなかったのか。彼らにも救いはもたらされるのか。希望はあるのか。いろいろなことを考えさせられた。

エンディングも印象的だ。あの夜の出来事をめぐって、予想もしない事実が突きつけられる。これもまた観客を混乱させ、様々なことを問いかけるシーンである。

俳優たちの演技にも注目。足立智充はいかにも良い人キャラの笑顔が逆に怖い。玉置玲央は「教誨師」の死刑囚役に続いて存在感ある演技を見せる。菜葉菜高橋努川瀬陽太宇野祥平ら脇も好演。特に宇野のカルト宗教のリーダーは、実際にいそうだよなぁ。ああいうの。松重豊の怖いヤクザも出色。

分かりにくいところが多いし誰にでも勧められる映画ではないが、社会や人間を規格外のスケールで描いた怪作なのは間違いない。こんなにエッヂのきいた映画を大杉漣がプロデュースする予定だったとは……。

◆「夜を走る」
(2021年 日本)(上映時間2時間5分)
監督・脚本:佐向大
出演:足立智充、玉置玲央、菜葉菜高橋努、玉井らん、坂巻有紗、山本ロザ、信太昌之、杉山ひこひこ、あらい汎、潟山セイキ、松永拓野、澤純子、磯村アメリ川瀬陽太宇野祥平松重豊
テアトル新宿ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ http://mermaidfilms.co.jp/yoruwohashiru/


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