映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「はい、泳げません」

「はい、泳げません」
2022年6月15日(水)シネ・リーブル池袋にて。午後2時より鑑賞(シアター1/D-8)

~爆笑のラブコメかと思いきや、心に傷を抱えた男の苦悩と再生のドラマ

タイトルからしてコメディー調の映画「はい、泳げません」。ノンフィクション作家・高橋秀実の原作を渡辺謙作監督が映画化した。

渡辺監督の紹介として「舟を編む」の脚本を担当したことが強調されているが、監督としても「となり町戦争」「フレフレ少女」などを手がけている(たまに役者もやったりする)。商業映画の枠内とはいえ、かなり個性的な作風の監督である。

大学で哲学を教える小鳥遊雄司(長谷川博己)は水が大の苦手。水に顔をつけるだけでも恐怖を抱いてしまい、泳ぐことなどできなかった。ところが、ひょんな成り行きから水泳教室の女性コーチ、薄原静香(綾瀬はるか)に熱心に勧誘されて、初心者コースに入会する。賑やかな主婦たちにまじり、静香の丁寧な指導を受けながら、水に慣れるところから必死の思いで挑戦する雄司だったが……。

どこからどう見ても、雄司と静香によるラブコメになりそうな話だ。冒頭は確かにコメディータッチ。いかに水が嫌いかを力説する雄司と妻の美弥子(麻生久美子)との軽妙なやり取りが展開する。自分の水嫌いと美弥子の納豆嫌いは同列だと語る雄司。そこに納豆男と納豆女が登場して、美弥子に無理やり納豆を食べさせる。まさに爆笑コメディー的なオープニングである。

そして話は5年後に飛ぶ。雄司は水泳教室に顔を出す。別に入会を決めていたわけではないが、そこで出会った女性コーチの静香に強引に勧誘されて、初心者コースに入会するハメになる。水嫌いの雄司と陸よりも水中の方が生きやすいという静香。対照的な2人のラブストーリーが展開するかと思いきや……。ラブストーリーはあるにはあるが、それは雄司と別の女性の恋なのだ。

前半は雄司の水泳教室での悪戦苦闘ぶりが、面白おかしく描かれる。そこでいい味を出しているのが静香コーチ。そして、生徒である4人の主婦たちだ。演じているのは、伊佐山ひろ子広岡由里子占部房子上原奈美という存在感ある俳優たち。それぞれの個性が際立ちコメディーとしての魅力をアップさせている。

静香が雄司の水嫌いを克服させ、泳げるようにするために繰り出すあの手この手の作戦もユニーク。スポーツ映画とハウツー映画的な魅力も味わえる映画だ。

ただし、途中からはコメディータッチを残しつつも、シリアスなドラマに突き進んでいく。映画の割と早い段階で、雄司は美弥子と離婚して子供とも別々に暮らしていることが語られる。だが、実は彼の息子はすでに亡くなっていたのだ。その死をめぐるトラウマが、彼を更なる水嫌い、水泳嫌いにさせていたのである。

しかも、彼の記憶からはそのことが欠落していた。それが美弥子との離婚の原因ともなった。記憶は彼にとっての重要なキーワードであり、彼が哲学の教師であることから、そこには「認識」と「記憶」というテーマも登場する。さらに劇中では、「人はなぜ生きるのか」という哲学的テーマも提示される。それらのテーマが深く追求されることはないが、彼の人生に重ね合わせることで雄司の苦悩をより深くする効果を上げている。

ちなみに、静香コーチにもドラマがあり、彼女が「陸よりも水中の方が生きやすい」のは過去の交通事故が関係しているのだが、こちらは綾瀬はるかの大仰な芝居もあり、シリアスな話というよりもコメディーのネタとしての色合いが濃い。

さて、この映画にもラブストーリーがあると言ったが、それは雄司とシングルマザーの理容師・奈美恵(阿部純子)との恋だ。だが、そこでも彼の心の傷がうずく。雄司は、彼女の子供に自分の亡くした息子の影を見てしまうのだ。それほど彼の心の傷は深く、彼の人生に重くのしかかっているのである。

そんな雄司が水泳教室で、水の中で自分と向き合ううちに、様々な思いが蘇る。彼は喪失と罪悪感を再体験し、いっそう苦悩することになる。

渡辺監督は良い意味で期待を裏切る。エンタメ的なストレートな盛り上げは極力排して、雄司の心の動きを大胆不敵な映像で丹念に追う。

そのはてに希望と再生が待っているというのはよくあるパターンだが、そこでもヒネリ技が聞いている。過去のトラウマを引きずりあらゆることから逃げていた雄司。水の中でそれを乗り越えただけでなく、その後には元妻との悲しみの共有(当時はそれがなかった)と和解、そして奈美恵とのロマンスにも決着をつける。最後はもちろん水泳シーン。

長谷川博己綾瀬はるかは、コメディーとシリアスのバランスが絶妙な演技だった。麻生久美子阿部純子の二人の好演も光る。

面白おかしいラブコメを想像すると期待を裏切られることになる。だが、その分、過去の心の傷を抱えた男の人間ドラマとしては見応えがある。原作はエッセーらしいが、ここまで大胆にアレンジした渡辺監督に拍手!

 

◆「はい、泳げません」
(2022年 日本)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:渡辺謙作
出演:長谷川博己綾瀬はるか伊佐山ひろ子広岡由里子占部房子上原奈美小林薫阿部純子麻生久美子
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://hai-oyogemasen.jp/

 


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