映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「牯嶺街少年殺人事件」

「牯嶺街少年殺人事件」
2022年7月24日(日)google Playにて鑑賞。

~青春映画と社会状況が見事に合致したエドワード・ヤンの傑作

感染者増大の中、比較的空いている平日ならまだしも、土日の混んだ映画館に行く勇気はない。さて、どうするべえ、と思ったら前にgoogle Playのギフトコード5000円分をもらって、そのままになっていたのを思い出した。これを使って、何か面白い映画を観たろうかと思って色々探したら、台湾のエドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」を発見した(ちなみにレンタル300円)。

エドワード・ヤン監督は、生涯に8本の監督作品を残して2007年に59歳で亡くなっている

「牯嶺街少年殺人事件」は1991年の映画。権利関係が錯綜して長らくビデオリリースされなかった。だが、マーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファウンデーションなどが、4Kレストア・デジタルリマスター版を製し、2016年にブルーレイとDVDが発売された。その後、各種の映画祭等でも上映されているが、なにせ3時間56分という長尺ゆえ(日本で劇場公開された当時は3時間8分版)、なかなか観る機会がなかったのだ。

ストーリーの基本は青春暴走劇だ。

1960年代初頭の台北。名門の建国高校昼間部の受験に失敗して夜間部に通う小四(チャン・チェン)は不良グループ「小公園」に所属する王茂や飛機らと親しくする。そんなある日、小四は、怪我をした小明(リサ・ヤン)という少女と保健室で知り合う。小明は小公園のボス、ハニーの彼女だったが、ハニーは人を殺して姿を消していた。ハニーの不在で統制力を失った小公園は、今では父親の権力を笠に着た滑頭が幅を利かせている。小四は小明へ恋心を抱くが、そこに突然ハニーが戻ってくる……。

小四と小明との関係性がこのドラマの主軸だ。少年がたまたま出会って好きになった少女。だが、彼女は不良グループのボスの彼女だった。それでも彼は恋心を募らせる。やがて、姿を消していたボスが現れ、少年の心はさらに乱れる。その後、ボスは敵対グループに殺され、少年は少女とつきあうようになる。だが、彼女は少年の愛に不安を感じ、そのことが少年の暴走を招く。

と書くと、単なる悲恋のラブストーリーのようだが、それだけではない。このドラマ、おびただしい数の人物が登場し、それらにまつわるドラマが描かれる。主人公の小四の家族はもちろん、小明とその家族、不良グループなどがサブストーリーを織りなす。学校の隣には映画スタジオがあって、そこでは女優と監督が年中ケンカしているなどという場面もある。あまりにも登場人物が多くて、最初は戸惑ってしまうほどである。

それらを通してヤン監督は何を描きたかったのか。それは舞台となった1960年初頭の台湾の時代の空気感ではないのだろうか。

当時の台湾は大陸から渡ってきた外省人が力を持ち始めていた。彼らは大陸への思いを持ちつつも、それをかなえるのは容易でないことに気づき、その思いを封印しようとしていた。小四の家族も外省人である。公務員の父は生真面目で世渡りがうまくない。母は大陸で教師をしていたが、こちらではまだ教員免許が下りない。

台湾の暗黒面も描かれる。後半で小四の父親は大陸のスパイとの関連を疑われて、当局の厳しい取り調べにあう。結局は証拠もなく無罪放免となるが、そのことが彼の精神を脅かす。こうした事象は、当時の台湾で実際に起きたことらしい。

戦争の影もそこかしこに見られる。特に日本の植民地支配の影は色濃い。小四の家は戦前に建てられた小さな日本家屋で、劇中では日本軍のものと思われる軍刀なども登場する。

こうした、いわばある種のカオス状態にある世の中だけに、不良グループの行動もどこか刹那的だ。まるで大人のヤクザ顔負けの過激な言動が目立つ。

ただし、そんな中でも青春映画という柱は揺らがない。青春の光と影がスクリーンに鮮やかに刻み付けられている。その背景として当時の若者文化なども織り込まれている。

特に、エルヴィス・プレスリーの曲が効果的に使われる。コンサートでプレスリーの曲が歌われるシーンが登場し、ラストではある少年が自ら歌ったテープをプレスリー本人に送ったエピソードが披露される。

終盤に行くにつれ、ドラマは青春映画として純化していく。小四は、職員室で教師にバットを振り上げるという事件を起こして学校を退学させられる。それでも中間部の編入試験を目指して勉強に励む。それを励ます小明だが、小四は親友である小馬と小明が関係を持っていたと知る。それが破滅へのプレリュードとなる。

小明が小四にかける言葉が何とも意味深だ。「私を変える気?この社会と同じ何も変わらないのよ」。それは少女が少年にかけた言葉であるのと同時に、当時の台湾の人々に向けられたものかもしれない。

本作は、実際に起きた中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフにして製作されたらしい。だが、それで終わらないのがこの映画。最後に語られる少年の運命にも、台湾の時代の変化が読み取れる。

劇場でもないのに3時間56分、一気に観てしまった。青春物語とその背景となる社会状況が合致したという点で、実に素晴らしい映画だと思う。一見、思いつくままに構成されたように見えるドラマだが、よく観ると緻密な脚本に裏打ちされている。細部までこだわり抜いた演出も見事だ。傑作という定義は難しいが、個人的には傑作の部類に入る映画だと思う。

この映画の魅力は語り切れない。ぜひチャンスがあれば実際に鑑賞して欲しい。

◆「牯嶺街少年殺人事件」(牯嶺街少年殺人事件/A BRIGHTER SUMMER DAY)
(1991年 台湾)(上映時間3時間56分)
監督:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、チャン・クォチュー、リサ・ヤン、エレイン・ジン、チャン・ハン、チェン・シャン、チーニー・シュー、チュンリン・ルーピン
*ホームページ www.bitters.co.jp/abrightersummerday/


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