映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「きっと地上には満天の星」

「きっと地上には満天の星」
2022年8月14日(日)新宿シネマカリテにて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン2/B-4)

~地下生活者の母娘の受難を臨場感たっぷりに

「きっと地上には満天の星」。何とロマンチックなタイトル!これは感動のラブストーリーに違いない。

な~んて思ってはいけません。この映画は、ニューヨークの地下鉄の廃トンネルで暮らす母娘の愛と受難のドラマなのだ。

ニューヨークの地下鉄のさらに下に広がる廃トンネルに、ギリギリの生活を送る人々のコミュニティがあった。ニッキー(セリーヌ・ヘルド)と5歳の娘リトル(ザイラ・ファーマー)は、そこで貧しくも仲睦まじく暮らしていた。そんなある日、廃トンネルで不法居住者の摘発が行われる。隠れてやり過ごすことができないと判断したニッキーは、リトルを連れて逃亡することを決意するが……。

この映画の原案は、実在した地下コミュニティへの潜入ルポルタージュモグラびと ニューヨーク地下生活者たち」。つまり、地下で暮らす人たちはSFでもファンタジーでもなく実際にいたのだ。

だが、ニューヨークの治安改善と再開発を政策に掲げたジュリアーニ市長が誕生すると、地下の浄化が進み、地下コミュニティは崩壊したという。そんな歴史をふまえた映画である。

前半はニッキーとリトル母娘の絆が描かれる。暗くジメジメした地下に暮らし、貧困にあえぎながらも、2人は仲良く暮らしていた。ニッキーはこれ以上ないぐらいの愛をリトルに注ぎ、リトルはそんな母を信頼し頼り切っていた。

では、ニッキーはいわゆる「理想の母親」なのか。実は彼女は薬物中毒で、売春で生活の糧を稼いでいた。そもそも娘のことを考えたら、こんな地下生活は送らないだろう。だが、それでも彼女のリトルに対する愛には一点の曇りもなかった。

この複雑な構図がドラマのテーマをよりクッキリと浮かび上がらせる。それは「母の愛」とは何なのか?というテーマである。

本作はほぼ全編が手持ちカメラで撮影されている。その揺れる映像が臨場感たっぷりだ。前半はリトルの目線で、そして終盤はニッキーの目線で映し出された映像は、それぞれの心の奥底をリアルに表現する。

それが最大限に効果を発揮するのが、2人が当局の手を逃れて地上へ逃げ出す場面である。サスペンス映画のように緊迫感あふれるシーンが現出し、まるで観客も現場にいるかのような錯覚を覚える。

そして、その後、ニッキーがリトルとともに地上に姿を現した場面でも、手持ちカメラの映像が威力を発揮する。初めて見る地上の風景に、戸惑い、混乱し、取り乱すリトル。その心象が見事に表現された映像だ。

ちなみに、ニッキーはリトルに「背中に翼が生えたら地上に出る」と説明していた。ある種のファンタジーに依存して、現状維持に甘んじていたわけだ。だから、リトルは一度も外の世界を見たことがない。彼女が取り乱すのも道理だろう。暗黒世界で暮らしていたリトルは日差しを見ただけで、まぶしくて耐えられないのだ。

行くあてもなく街をさまよった母娘は、かつてニッキーが仕事をしていたらしい売春宿に転がり込む。そこでもニッキーはリトルを必死で守ろうとする。売春宿のボスは暴力的なクソ野郎だったが、それでもリトルには優しく接する。ところが、それは偽りの優しさだった。彼はニッキーにリトルを売り飛ばそうと言うのだ。

隙を見て売春宿を飛び出したニッキーとリトルは、再び街をさまよう。その途中、地下鉄の駅でニッキーはリトルを見失ってしまう。そこで彼女は一人で必死にリトルを探す。もしも当局に通報されれば、リトルと引き離されてしまうことは必至だからだ。

そして、ここでも手持ちカメラが大きな威力を発揮する。半狂乱になりながら遮二無二リトルを探し、絶望し、それでも諦めないニッキーをとらえる揺れ動く映像。それはそのまま彼女の心根を表現している。

手持ちカメラの映像は臨場感を醸し出す一方で、使い過ぎると鼻につくことも多いのだが、本作にはそれがない。ニッキーとリトルの不安定な状況が、手持ちカメラの映像に見事に合致しているせいだろう。

なかなか見つからないリトル。「これはチャンスだ」。ある人物のその言葉がニッキーを悩ませる。ニッキーは、苦しみ、葛藤し、その末についにある決断を下す。重く苦いラストが心に染みる。

彼女の選択は正しかったのか。本当の「母の愛」とは何なのか。観客に問いを投げかけてドラマは終わる。

というわけで、ろくな家も用意しないでホームレスを追い立てる権力者への批判もあるとはいえ、基本的には「母の愛」を問うドラマである。そこには「フロリダ・プロジェクト」や「ルーム」などとも共通するテーマがある。

監督はこれが初長編監督作となるセリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージ。そしてセリーヌ・ヘルドは自らニッキーを演じている。これがまあ絶品の演技なのだ。ニッキーの様々な心情を圧倒的な存在感とともに表現している。

リトル役のザイラ・ファーマーは映画初出演ということだが、こちらもなかなかの演技だった。

◆「きっと地上には満天の星」(TOPSIDE)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間30分)
監督:セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
出演:ザイラ・ファーマー、セリーヌ・ヘルド、ファットリップ、ジャレッド・アブラハムソン
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ https://littles-wings.com/


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