映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「LOVE LIFE」

「LOVE LIFE」
2022年9月9日(金)シネマ・ロサにて。午後2時30分より鑑賞(シネマ・ロサ2/E-8)

~平凡な日常に潜む脆さを見せて、観客に問いを投げかける

カンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞した「淵に立つ」や筒井真理子主演の「よこがお」など、深田晃司監督の映画には観客に鋭い問いを投げかけるものが多い。あなたが常識だと思っていることは本当に信じられるのか、と。

今回の「LOVE LIFE」でも、平凡な日常生活に潜む危うさを示し、観客の心をざわつかせる。モチーフになったのは矢野顕子の名曲『LOVE LIFE』だが、深田監督独自の解釈による変奏曲といった趣の作品だ。第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。

ドラマは、穏やかな家族ドラマの様相で始まる。妙子(木村文乃)と二郎(永山絢斗)の夫婦は結婚して1年。妙子と前夫との間の子、敬太とともに幸せに暮らしていた。

この日、家族は二郎の両親を招いたパーティーを準備中。だが、そこには早くも不穏な影がちらつく。二郎の元カノの存在だ。

そして、パーティーが始まると、息子と妙子との結婚を認めない父親は、妙子と目も合わせずに嫌味を言う。その場は母が取りなして収まり、再びパーティーは盛り上がる。そこで悲劇が起きる。

その出来事以来、夫婦の関係はギクシャクし始める。悲嘆に暮れる妙子の前には、何年も失踪していた前夫で敬太の父親でもある韓国人のろう者パク・シンジ(砂田アトム)が現れる。ホームレス支援のNPOで働く妙子は、公園で寝泊まりしているパクを放っておけず、身の回りの世話をするようになる。一方、二郎も両親の引っ越しを手伝いながら、元カノの山崎と会っていた。

「淵に立つ」では謎の男が平凡な家庭を壊したが、この映画ではある大きな悲劇が夫婦の関係を壊す。話の骨格自体はそれほど珍しいものではないが、深田監督らしさが全編にあふれている。

ストーリー的には唐突だったり、不自然に思えるところも随所に見受けられる。だが、それでもリアリティーを失わない理由は登場人物の心理描写にある。セリフはもちろん、それ以外の部分でも各人物の心情が繊細に描かれる。

特に、悲劇の原因が自分にあると自信を責める妙子の心理描写が圧巻だ。悲劇の現場となった風呂場の湯船に我が身を浸すなど、やるせないその思いがスクリーン全体を包む。自分と息子を捨てた元夫に対する怒りの情、それでも放っておけなくて救いの手を差し伸べる心理も余すところなく描かれる。

夫の二郎も同様だ。役所に勤める二郎と、パク、通訳を務める妙子が一堂に会するシーンがある。パクと妙子が手話で話をする。二郎にはそれが理解できない。自分が阻害されているような彼の複雑な心中が如実に表現される。

二郎の両親、元カノなど、その他の人物の心理描写も巧みだ。長回しの映像を使いつつ、リアルにごく自然にその胸中を映し出す。

そして面白いのは登場人物のすべてが複雑な表情を持つこと。けっして一面的なキャラクターとしては描かれない。二郎の父は妙子を嫌うが、その一方で彼女を気遣うそぶりも見せる。母親は妙子に比較的好意的だが、時折彼女を傷つけるような発言もする。

妙子も二郎もそうだ。お互いに常に優しさを見せるが、同時に予想外の行動をとり相手を慌てさせる。それが小さな亀裂となり、やがて大きな溝になる。

この映画を受け入れられるかどうかは、この点にかかっている。単純な善悪ではくくれない複雑なキャラクターの人物が生み出すドラマは、けっしてわかりやすいものではない。安易な感情移入も困難だろう。だが、それこそが人間という存在なのだ。そう思えばこのドラマがいっそう深いものに感じられ、現実世界を映し出す鏡に思えるはずだ。

終盤、なんと舞台は韓国に飛ぶ。悲しみの先で妙子はある選択をする。そして、それがもたらしたものとは……。

雨中の結婚パーティー。リズムに乗せて体を揺らす妙子の後ろ姿が印象的だ。あれは夢から覚めた瞬間なのだろうか。それとも日常と非日常という2つの世界の狭間で揺れ動く、彼女の心を物語っているのだろうか。

その後のラストシーンも心をざわつかせる。窓の外から映す妙子と二郎の部屋。そこからカメラが移動して公園付近の遠景へ。そこを歩く妙子と二郎の姿。この後2人はどうなるのか。その胸中は?

多くのことを想像させたところで、矢野顕子の『LOVE LIFE』が流れて映画が終わる。

この映画で心に残るのが「目を合わせない」という言葉だ。妙子を嫌う二郎の父は妙子と目を合わせない。そして、妙子と二郎もいつからか目を合わせない関係になってしまった。お互いに目を見て話せる関係が、いかに大事かを示しているのかもしれない。

というわけで、日常に潜む脆さをあぶり出し、それに直面した人間の苦悩を見せてくれる深田晃司監督らしい作品。今回も心がざわついてしまった。

俳優では木村文乃の演技が絶品だ。全身から妙子の様々な思いがにじみ出るような演技だった。夫役の永山絢斗、元夫役の砂田アトム(ろう者の俳優で手話表現モデル)、二郎の両親役の神野三鈴、田口トモロヲ、元カノ役の山崎紘菜も存在感を発揮している。

◆「LOVE LIFE」
(2022年 日本)(上映時間2時間3分)
監督・脚本・編集:深田晃司
出演:木村文乃永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、三戸なつめ、神野三鈴、田口トモロヲ、福永朱梨、森崎ウィン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://lovelife-movie.com/


www.youtube.com

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村