映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「秘密の森の、その向こう」

「秘密の森の、その向こう」
2022年10月1日(土)Bunkamuraル・シネマにて。午後1時より鑑賞(ル・シネマ2/C-9)

~時空を超えた母と娘、そして祖母との交流が喪失の悲しみを癒す

「あの映画観たいんだよなぁ~」と思いながら、劇場では見逃し、その後配信等でもまだ観ていない映画がたくさんある。セリーヌ・シアマ監督の「燃ゆる女の肖像」もそんな映画。名作との声もあり観たかったのだが、2020年の公開時に見逃して、それっきりになっている。

そのシアマ監督の新作「秘密の森の、その向こう」が公開されたと聞いて、Bunkamuraル・シネマに行ってきた。

大好きだった祖母を亡くした8歳の少女ネリー(ジョゼフィーヌ・サンス)は、両親とともに祖母が住んでいた森の中の一軒家を片付けに来る。だが、母はネリーと父を残したままどこかへ行ってしまう。そんな中、ネリーは森を散策し、そこで母のマリオンと同じ名前を持つ8歳の少女(ガブリエル・サンス)と出会う。少女に招かれて彼女の家を訪れると、そこは“おばあちゃんの家”だった……。

細かな説明がほとんどないドラマだ。母がなぜ家を出たのかも明確に説明されているわけではない。だが、母の言動や態度から、少女時代の思い出が詰まった家を前にして、祖母を失ったことに対する心の整理がつかずに家を出たことが推測される。そして、娘のネリーもまた祖母に「サヨナラ」を言えなかったことが大きな心残りになっている。

そんな2人が時空を超えた形で再会する。そう。ネリーが森の中で出会うマリオンという少女は、母の少女時代の姿なのだった。

2人は一緒に森の木々を運んで小屋を作り、ゲームをし、食事をし、交流を深める。それを通してネリーは知られざる母の少女時代を知ることになる。

さらに、彼女がサヨナラを言えなかった祖母も登場する。祖母は病を抱えて杖をつきながらも、温かく娘を包み込み愛情を注ぐ。その姿もまたネリーの心に深く刻まれる。

この手の話は特に珍しいわけではない。いわゆるSFでいうタイムワープものだ。だが、本作は他のタイムワープモノとはかなり毛色が違う。現実と非現実の境目がないのだ。ネリーにとってマリオンとの交流は現実のものでもあり、非現実でもある。両者を行き来しながら交流を深めていく。現実の家で父と会話し、非現実の家でマリオンと会う。だが、後半ではマリオンもまた現実のネリーの家に来て、父と会い会話をするのだ。

そして、何よりこの映画を特徴づけているのは、あまりにも美しい映像だ。まるで完璧に計算し尽くされたかのようなその映像は、どのシーンもそのまま切り取って絵画にしたいほどである。ネリーとマリオンが登場するシーンはもちろん、誰もいない部屋を映したシーンでさえ美しい。

こんなに素晴らしい映像を見るのは久しぶりだ。それが独特の雰囲気を生み出していく。「燃ゆる女の肖像」も美しい映像だったそうだが、そこでも撮影監督を務めていたクレア・マドンの技が光る。

やがてネリーは父とともに祖母の実家を去る日が来る。それは母の誕生日だった。ということは、少女マリオンの誕生日でもある。ネリーはもう1日残りたいと主張し、マリオンの家へ行く。

本作は基本的に静謐な空気の中でドラマが展開する。それは娘、母、祖母の三世代をつなぐファンタジーともいえるこの映画にふさわしいものだ。しかし、ここぞという場面ではそれとは違った雰囲気の音楽を使う。このあたりの味つけもなかなか気が利いている。

その日、ネリーとマリオン、そして祖母はマリオンの誕生パーティーを開き、芝居を演じる。幼き日の母は役者志望でもあったのだ。

そして翌朝、マリオンは病院へ出発する。彼女には手術が待っていた。出かける直前、ヒシと抱き合う2人。母と娘が時空を超えてつながった瞬間である。そしてネリーは心残りだった「サヨナラ」の言葉を祖母に送る。

ラストには素敵な結末が待っている。ホッコリと心が温まるシーンだ。ネリーと母は時空を超えた不思議な交流を通して、祖母の死の悲しみを乗り越えることができたに違いない。

ネリーとマリオンを演じたのは、実際に姉妹(双子)のジョゼフィーヌ・サンス&ガブリエル・サンス。その愛くるしい表情と初々しい演技が、いかにもファンタジックなこの映画にはピッタリだった。

わずか73分のこの映画。無駄をそぎ落としたシンプルな作りだが、心に深い余韻を残してくれる。前回取り上げた「マイ・ブロークン・マリコ」も86分。映画は長ければいいというものではないのだなぁ。

今度「燃ゆる女の肖像」も観てみよう。

 

◆「秘密の森の、その向こう」(PETITE MAMAN
(2021年 フランス)(上映時間1時間13分)
監督・脚本:セリーヌ・シアマ
出演:ジョゼフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス、ステファヌ・ヴァルペンヌ、マルゴ・アバスカル
*ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/petitemaman/

 


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