「アメリカから来た少女」
2022年10月19日(水)ユーロスペースにて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン1/F-8)
~帰国子女の少女のやり場のない怒りと葛藤。そして成長……
帰国子女が日本と外国との違いに戸惑い、大変な思いをする。そんな話をよく聞く。
台湾の新鋭ロアン・フォンイー監督が自らの体験をもとに長編デビューを飾った「アメリカから来た少女」は、アメリカから台湾に帰った少女の話。彼女の葛藤と成長を描き出す。台湾のアカデミー賞といわれる第58回金馬奨で、優秀新人監督賞や最優秀新人俳優賞など5冠に輝いた作品だ。
舞台は2003年の台湾。母と妹とロサンゼルスで暮らしていた13歳のファンイー(ケイトリン・ファン)は、乳がんになった母の治療のため3人で台湾に戻ってくる。台湾に残っていた父とは久々の再会になる。
ファンイーと妹はすっかりアメリカになじんでいた。母も含めて会話は英語が多い。ファンイーは友達と別れ、好きだった乗馬もできないとあって、最初から帰国を嫌がっている。
帰国早々、父と母はケンカをする。自分たちが戻って手狭になったアパートを出て、新しい家を購入しようという母。それに対して、父はそんなお金はないという。父は人にお金も貸しているらしい。おまけに父は中国本土への出張で家を空けることが多い。
そして母が手術をする。手術自体は成功するが、その後の化学療法の副作用が強く、ネガティブな考えが彼女を支配する。おかげで母は精神的にも不安定になっていく。もう自分は死ぬのではないか、そんな考えが頭に浮かぶ。そのため夫にも子供たちにもついつらく当たってしまうのだ。
一方、主人公のファンイーは、アメリカと台湾の学校の違いに戸惑う。台湾の学校は名門校ということもあり、何かと厳しく体罰も辞さない。彼女は「アメリカン・ガール」とからかわれ、友達もなかなかできない。成績も下位に低迷する。
まさに崩壊まっしぐらの家庭である。父母は離婚まで口にする。ファンイーはそんな両親をはじめ、すべてが不満で仕方がない。やり場のない怒りを抱える。アメリカに帰りたいと思うようになる。
父母は心から憎しみ合っているわけではない。娘たちに対する愛情も人一倍ある。実際、その愛情を表現する場面も何度か出て来る。そうした場面はキラキラと輝いている。だからこそ、よけいに家族の不仲が切なく、悲しいのだ。
フォンイー監督は、繊細に登場人物の心理を描写する。心の奥底のわずかな変化まで余すことなくすくい取る。特にファンイーの思春期独特の心の機微が巧みに表現される。光と影を効果的に使った映像も印象深い。
それに応えて、俳優たちも素晴らしい演技を披露している。主人公のファンイーを演じたのはオーディションで選ばれた新人ケイトリン・ファン。その心理を表現するのはかなりハードルが高く思えるが、実に見事な演技を披露している。両親役のカリーナ・ラムとカイザー・チュアンも同様だ。すべての役者に共通しているのは、セリフ以外の表情やたたずまい、わずかなしぐさなどで、多くを表現していることだ。
家族の崩壊劇は加速し、終盤には大きなヤマ場を迎える。ファンイーは自分の気持ちをブログに書いて気を紛らわしていたのだが、そのブログを読んだ教師から弁論大会に出るように勧められる。そこで彼女は自らの思いを原稿に綴る。
とくれば、この弁論大会がクライマックスになるかと思うだろうが、そうではない。それとは違う仕掛けが待っているのだ。実は当時の台湾ではSARSが猛威を振るっていた。弁論大会の前日、発熱した妹がSARSの疑いで病院に隔離されてしまう。父の出張間際の出来事だった。これによって一家の崩壊は決定的な局面に立たされる。
そんな中、ファンイーはあることから家を飛び出して、かねてから行きたいと思っていた場所へと向かう。そこはアメリカでの生活を思い起こさせる場所だった。ところが、そこで彼女は痛感させられる。人生にはままならぬことがあるのだと。ファンイーは悲痛な声を上げる。
この経験が彼女の変化につながる。ラストは詳しく説明しないが、父の娘に対する愛情と母と娘の強い絆を印象付け、彼女がポジティブに一歩を踏み出すことを予感させてドラマを終える。観終わった後味はとても良かった。
崩壊しかけた家族の中で、葛藤し、そして最後には成長する思春期の少女を描いた佳作である。重たい素材だし、半自伝的作品ではあるものの、シリアスになり過ぎずに適度な距離感を保って描いているのも好感が持てる。帰国子女の経験がなくても、きっと誰もが主人公の気持ちをリアルに感じてしまうことだろう。
◆「アメリカから来た少女」(美國女孩/AMERICAN GIRL)
(2021年 台湾)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ロアン・フォンイー
出演:カリーナ・ラム、カイザー・チュアン、ケイトリン・ファン、オードリー・リン、ボウイ・ツァン、キミ・シア
*ユーロスペースほかにて公開中。順次全国公開予定
ホームページ https://apeople.world/amerika_shojo/
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