映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜を越える旅」

「夜を越える旅」
2022年10月24日(月)新宿武蔵野館にて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン1/C-4)

~ジャンルを超越して縦横無尽に展開する。予測不能の地方発映画

最近はテレワークの普及などで、都市にいなくても十分に仕事ができると言われている。東京一極中心が長い間続いていた映画界も、最近はずいぶん様相が変わってきたようだ。

「夜を越える旅」は福岡を中心に九州で映像制作を行う萱野孝幸が監督・脚本・編集を手がけ、主に佐賀で撮影された映画。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021で観客賞と優秀作品賞を受賞した。

主人公は漫画家志望の青年・春利(高橋佳成)。大学を出てバイトをしながら、恋人のヒモ同然の生活を送っていた。そんな彼が、学生時代のゼミの仲間とともに1泊2日の小旅行へ出かける。

というわけで、序盤は典型的なダメ男の旅行譚の趣で始まる。それは軽妙かつ若者らしい自然な会話に彩られた旅だ。途中で立ち寄った食堂で、野菜炒めから玉ねぎを抜いて欲しいという春利の要求をめぐって笑いが起きるなど、ユーモアもタップリである。

やがて宿泊場所のコテージに着く一行。みんなで楽しく食事をする。ところが、その最中に春利が応募していた漫画賞に落選したという連絡が入る。春利は自暴自棄になる。

そんな中、かつて春利が想いを寄せていた小夜(中村祐美子)が遅れて合流する。再会を喜ぶ2人。春利は昔の感情が蘇り……。

ここから先の展開はどうなる?言いたいけれど我慢しよう。言ってしまえば面白さが半減、いやほぼ消えてしまうのだから。

とはいえ、何も言わないのも不親切なので、ヒントだけは言おう。まるでホラー映画のようなおぞましくて、恐ろしい世界に転じるのである。

さらに、その後は、春利とともにもう1人の男がクローズアップされて、オカルト映画のような世界に突入する。祈祷師による厄払いだッ!これは「エクソシスト」か?「哭声/コクソン」か?

と思ったら、それもまた違った世界へと転じる。

とにかく最初から最後までジャンルを超越した、全く予測不能な世界が展開する。直球が来たかと思えば次には変化球を操り、こちらの想像を完全に裏切るのである。

しかも、それぞれの世界がきちんと成立している。取ってつけたような不自然さはない。頭からしっぽまで餡がギッシリ詰まった鯛焼きのように、様々な要素がギッシリと詰め込まれている。おかげで上映時間は1時間21分しかないのに、2時間半ぐらいの映画を観た気分になってしまったのである。

バジェットはほぼ自主映画的な規模だろう。低予算で撮影日程もタイト。その他諸々制限があったに違いない。スタッフに加え、キャストも主演の高橋佳成はじめ地元九州で活動する俳優が中心だ。

ちなみに物語の鍵を握る女性・小夜を演じた中村祐美子はかなりの美女だが、それがかえってこの映画の怪しさ、怖さを倍加している。とてもこの世のものとは思えないたたずまいだ。

もちろん欲を言えば切りがない。深い人間ドラマがあるわけではないし、過去の出来事の背景を利用すれば、もっと面白くなったのではないかという疑問もある。ラストも個人的にはちょっとあっさりしすぎかな。

それでも仕掛け次第で、ここまで面白くなるという見本のような映画だ。やたらに金をかければ面白い映画ができるというものでもない。萱野孝幸監督の今後にも大注目である。

◆「夜を越える旅」
(2021年 日本)(上映時間1時間21分)
監督・脚本・編集:萱野孝幸
出演:高橋佳成、中村祐美子、青山貴史、AYAKA、桜木洋平、井崎藍子、荒木民雄、時松愛里、青木あつこ、長谷川テツ、あやんぬ、轟勇一郎、稲口マンゾ、有馬和博、加藤志津子、にこにこぷんぷん、井口誠司
新宿武蔵野館ほかにて公開中。順次全国公開
ホームページ https://klockworx-v.com/yorukoe/


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