「向田理髪店」
2022年11月1日（火）新宿ピカデリーにて。午後1時30分より鑑賞（スクリーン9／Ｆ－8）
～問題を抱えつつも懸命に生きる地方の人々をユーモラスに
数か月前に書店でたまたま手に取った文庫本、奥田英朗の「向田理髪店」。寂れた町の理髪店を舞台にした物語で、なかなか味のある小説だった。それを原作にした映画が公開されていると聞いて、映画館に出かけてきた。
かつての炭鉱町で今は寂れた筑沢町。向田康彦（高橋克実）は、親から継いだ小さな理髪店を営んでいた。ある日、東京で働いていた息子の和昌（白洲迅）が帰郷し、会社を辞めて店を継ぎたいと言い出す。妻の恭子（富田靖子）は喜ぶが、康彦は自分の過去を思い出して複雑な胸中だった。和昌は理容師学校の学費を稼ぐため、近所の運送会社でバイトを始めるのだが……。
ある街の理髪店を舞台に、様々な人々の人間模様を描く人情コメディーだ。原作との大きな違いは物語の舞台。原作では北海道だったが、映画では九州に舞台を移している。撮影は福岡県大牟田市で行われたとのこと。主題歌はHKT48が歌っている。
ただし、どちらも元炭鉱町で今は寂れた町というのは共通しているから、それほど大きな違いはない。
原作は連作小説だ。そのいくつかのエピソードを1本の映画に構成した。登場するエピソードはディテールが若干変わっているが、骨格となる話はほぼ同じ。息子の突然の帰郷をめぐって対立する親子、中国人の嫁をもらった中年男にお披露目をさせようとする住民、訳あり風のママが開店したスナックでの恋のさや当て、住民の息子が起こした詐欺事件……などなどだ。
その背景には、過疎化や少子高齢化、介護、結婚難など様々な問題がある。だが、殊更にそれを強調するようなことはない。あくまでも、問題を抱えつつも懸命に生きる人々の姿をユーモラスに描くことに徹している。
その中で物語の芯になっているのは、向田理髪店の親子の葛藤である。息子は地元に帰って店を継ぎたいと言い、父親はそれを疑っている。そこには、自分がかつて不本意ながら店を継ぎ、負け犬になってしまったという悔恨がある。
市役所で開かれた地域振興についての会議で、親子は町の活性化を巡って意見を対立させる。その後も親子は微妙な関係を続け、はては殴り合い寸前のケンカまでする。だが、最後には心を通わせ、それぞれの道を進むことになる。
そんな親子のドラマと同じように高らかに歌われているのが、田舎への讃歌である。人のプライバシーに勝手に踏み込み、噂話に精を出す人々。だが、その反面、何かあれば手を差し伸べ、一つにまとまろうとする。田舎の良い面も悪い面も提示した上で、田舎にしかない温かな人情をさりげなく見せてくれる。
笑えるところはたくさんあるが、個人的に一番笑えたのが、劇中で映画の撮影隊が町にやって来るところ。町の人々が大挙してエキストラ出演し、大賑わいを見せる。それがどんな映画かといえば「レオン」まがいの芸術映画（？）で、主演は本宮泰風。そう。あの「日本統一」シリーズの主演俳優である。彼が大げさに殺し屋を演じるシーンでは、思わず爆笑してしまった。ちなみに彼の相手役の俳優はHKT48の矢吹奈子。
その映画が外国の映画祭で賞をとったということで、地元で凱旋上映をするのが最後のシーン。それが、やがて地元の住民たちのショットに変わる。それは映画の中の筑沢町の住人たちだけでなく、映画自体を撮影した大牟田の住民たちのショットに見えた。
いずれにしても、劇中で筑沢町の人々が撮影隊を歓迎したのと同じように、大牟田の人々も「向田理髪店」の撮影隊を歓迎したのだろう。彼らのにこやかな笑顔を見ているうちに、こちらもホッコリとした気分になってきたのである。
主演の高橋克実は、意外にもこれが映画初主演とのこと。純朴でシャイで人のいい理髪店主がハマリ役だった。そして、妻役の富田靖子がいくつになっても可愛らしい！
その他、板尾創路、近藤芳正、筧美和子、根岸季衣らが、それぞれいい味を出している。板尾はなぜか関西弁で、関西から引っ越してきたという設定。劇中でそれをからかうようなセリフもある。
監督は「女の子ものがたり」「純平、考え直せ」の森岡利行。さすがに手堅い演出だ。突き抜けたところはないが、原作の持つ雰囲気をそのまま再現して、安心して楽しめる映画に仕上げている。たまにはこういう映画もいいものだ。
◆「向田理髪店」
（2022年 日本）（上映時間1時間48分）
監督：森岡利行
出演：高橋克実、白洲迅、板尾創路、近藤芳正、富田靖子、芦川誠、田中俊介、坪内守、鈴木大輝、永田崇人、重松隆志、運上弘菜、カイラ、ショウきん、佐藤順一、中尾新吾、前田みどり、林田麻里、まこパーティー、矢吹奈子、本宮泰風、筧美和子、根岸季衣、富田靖子
＊新宿ピカデリーほかにて公開中
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