映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「窓辺にて」

「窓辺にて」
2022年11月4日(金)シネ・リーブル池袋にて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/G-8)

~ダメな人間を優しく受け入れる今泉監督らしい恋愛映画

今泉力哉監督は、私が最初に観た2013年の「サッドティー 」をはじめ、「愛がなんだ」「街の上で」などの恋愛映画を数多く撮ってきた。恋愛映画の名手といってもいいだろう。オリジナル脚本で撮った新作「窓辺にて」もまた恋愛映画である。

主人公は市川茂巳(稲垣吾郎)。昔一度小説を書いたものの、今はフリーライターとして活動している。彼は、編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が人気若手作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気していることに気づいていたが、怒りの感情は湧き起らなかった。そんなある日、市川は文学賞の授賞式で高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)に出会う。彼女の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれ、その小説のモデルに会わせてほしいと話す市川だったが……。

今泉監督の恋愛映画は普通の恋愛映画とはちょっと違う。登場人物から一歩引いた視線で、彼らの恋愛模様や人生模様、揺れる心などを描くのだ。ある意味、恋愛観察映画といってもいいかもしれない。

今回の主役は、稲垣吾郎演じる元作家のフリーライター茂巳だ。彼は妻の浮気を知っても、怒りの感情が湧いてこないという。浮気そのものではなく、そのことにショックを受けた彼は思い悩む。どうして怒りの感情が湧かないのか。自分は妻を愛していないのか。そのことを妻はもちろん誰にも言えないでいた。

彼の周囲には様々な人々がいた。友人の正嗣(若葉竜也)は、妻のゆきの(志田未来)と娘がいながら、モデルのなつ(穂志もえ)と浮気をしている。取材で知り合った高校生作家の留亜は、恋人の優二(倉悠貴)を茂巳に紹介する。さらに、彼女は自作の小説のモデルだと言って叔父のカワナベ(斉藤陽一郎)に会わせる。

普通のドラマならドロドロの愛憎劇になりそうだ。だが、今泉監督の作品らしくそうした方向には走らない。登場人物は、どうにもならない自分自身や相手との関係に思い悩み、身動きが取れずにいる。そして、そこでまた思い悩むのだ。

といっても、けっして暗い映画ではない。むしろ全編にユーモアが満載だ。特に茂巳が留亜に振り回されるところは爆笑もの。ラブホテルに呼び出されて(別に変なことをしようというのではない)、夜通しトランプをするシーンなどはひたすらおかしい。

茂巳がタクシーに乗ったシーンも笑える。運転手は一方的に競馬をやらなくなった理由やパチンコの魅力を語る。それを聞いた茂巳はパチンコに行く。するとビギナーズラックを地で行くような大当たりをするのだ。

今泉作品らしくセリフ回しが独特だ。ごく自然な会話で芝居がかっていない。「これはアドリブなのではないか?」と思えるところも多い。さらに映像的には、長回しの多用も特徴だ。そうした手法で、登場人物の心理を繊細に切り取っていくのである。

描かれるのは恋愛模様が中心だが、それ以外の要素もある。冒頭でスポーツ選手の正嗣が「引退する時には悔いのないようにと言ったけど……」と告白するシーンや、バリバリ働いていたテレビマンのカワナベがすべてを捨て去った話、さらに茂巳たち夫婦の間で交わされる「自分の仕事が誰かの役に立っているのか」という会話など、人生について様々に考えさせられる場面もある。そうした話も含めて、単に恋愛だけでなく人間の本性に触れる部分があるから、恋愛映画が苦手な私も今泉作品はつい観てしまうのである。

それにしても茂巳は本当に良い人なんだなぁ~。他人の話はよく聞くし、相手に求められれば真摯に相談にも乗る。その反面、自分のことになると……。嘘くさく見えがちな茂巳の存在が説得力を持って感じられるのは、エキセントリックな役も多い稲垣吾郎が、ごく普通の人間を全身で演じているからだろう。彼はどこにでもいる欠点だらけの人間なのだ。

様々な人に会ううちに、茂巳はついに妻に告白することを決意する。それを長回しで映した映像が圧巻だ。茂巳も紗衣も本音を縛り出すように語る。言葉では伝えきれない思いを何とか伝えようとする。ここが本作の最大の見どころだと思う。

茶店のシーンが多く出てくる映画だ。フルーツパフェをめぐるウンチクなども語られる。ラストシーンも喫茶店だ。留亜の恋人の優二と茂巳が語り合う。恋愛に対して単純な優二の態度が、茂巳とは正反対で面白い。

恋愛なんて、人それぞれ。人間も、人それぞれ。どんなに欠点がある人でも、それでいいじゃないか。ダメな人間を優しく受け入れる今泉監督の温かさが心地よい映画である。

主演の稲垣吾郎に加え玉城ティナなど脇役陣も好演。

 

◆「窓辺にて」
(2022年 日本)(上映時間2時間23分)
監督・脚本:今泉力哉
出演:稲垣吾郎中村ゆり玉城ティナ若葉竜也志田未来、倉悠貴、穂志もえか、佐々木詩音、斉藤陽一郎松金よね子
*TOHOシネマズ日比谷、テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://madobenite.com/

 


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