映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「やまぶき」

「やまぶき」
2022年11月7日(月)ユーロスペースにて。午後2時30分より鑑賞(ユーロスペース1/D-11)

~地方都市を舞台にした群像劇。そこから日本が、そして世界の今が見える

以前ユーロスペースに行った時に、ちょっと気になるチラシをゲットした。女の子が頭に赤い布を巻き、こちらを見つめている。タイトルは「やまぶき」。心がざわついた。

この映画の監督・脚本は、岡山県真庭市で農業(トマトを作っているらしい)を営みながら映画製作を続ける山﨑樹一郎。今年行われた第75回カンヌ国際映画祭ACID部門に選出されるなど、海外で評価されているようだ。

ちなみに、山﨑監督の作品は「ひかりのおと」「新しき民」に続く長編3作目となる(どちらも未見)。

舞台は地元の岡山県真庭市。韓国で乗馬競技のホープだったチャンス(カン・ユンス)は、親の会社の倒産で多額の借金を背負っていた。今はベトナム人労働者たちとともに採石場で働き、日本人の恋人・美南(和田光沙)とその娘と穏やかに暮らしている。そんなある日、チャンスは真面目な勤務態度が認められ、正社員への道が開ける。だが、突然不幸な事故から運命が狂い始める……。

一方、刑事の父と二人暮らしの女子高生・山吹(祷キララ)は、交差点で反戦などの意思表示をするサイレントスタンディングを始める。小さな田舎町でも、声が小さくても、いつか誰かの人生と繋がるかもしれない。そう思ったのだ。だが、やがてそれが父に知られる……。

この2人を中心に、周囲の様々な人々の人間模様を描く群像劇である。「やまぶき」はヒロインの名前であるのと同時に、陽の当たらない場所に咲く花。もしかしたら。それは地方に住む人々のことを指しているのかもしれない。

物語の背景には、日本が抱える様々な問題がある。それが真庭市という地方都市で縮図となって現れる。

例えば人種差別。採石場では、チャンスやベトナム人労働者を貴重な労働力として歓迎する。だが、日本人の言葉の端々から彼らをバカにしていることがわかる。さらに、何らかの事情で十分な働きができないとなれば、それっきりだ。

拝金主義も顔をのぞかせる。チャンスはあることから大金を手にするが、それが彼を惑わせる。ちなみに、山吹はかつては賄賂の隠語でもあったらしい。

戦争も大きなテーマの一つといえるだろう。実は山吹の母親は、ジャーナリストで戦場で命を落としている。彼女がサイレントスタンディングを始めたのは、母の思いを受け継ぎたいという気持ちがあったのだ。

また、劇中ではシベリアに抑留された老人が、いまだに昭和で年を表現する話が登場する。その老人にとって昭和はまだ終わっていないのである。

その他にも、山吹の父親がつきあっている外国人(父親は日本人らしい)の女の話から、支配者と被支配者の関係が見えるなど、本作からは多彩なテーマが浮かび上がってくる。それぞれのテーマから、独立した1本の映画が何本も作れそうなほどだ。それらが複雑に絡み合いながら、観客の前に提示される。

そうしたテーマに対して、明確なメッセージが発せられるわけではない。その先を考えるのは一人ひとりの観客だろう。だから、本作は観終わってスッキリするような映画ではない。むしろモヤモヤした感じが残る。それはとりもなおさず、映画の中で提示された様々な問題について私たちが考えさせられるからだ。

また、本作は16ミリフィルムで撮影されている。そのざらついた質感が、閉塞感に包まれて様々な問題に翻弄されながらも、それに抗する人々の姿をリアルに映し出す。登場人物の揺れる心を投影したような、不安定な映像もこの映画に合っている。

チャンスと山吹が言葉を交わす場面が終盤に来る。サイレントスタンディングをする山吹のそばにチャンスが座り、「変わった方がいいですか?」と聞く。けっして長い会話ではないが、含蓄のあるセリフが交わされる。

本作に、けっして安易なハッピーエンドが用意されているわけではない。だが、最後に浮かび上がるのは希望である。チャンスは再び前に進むきっかけをつかむ。山吹は自分がまだ何者でもないことを知り、明日を見つめる。この地方都市で、彼らはこれからも懸命に生きていくことだろう。

チャンス役は韓国人俳優のカン・ユンス。イギリスで演劇を学び今は日本で活動していて、日本の映画には初出演とのこと。チャンスの感情の起伏を巧みに表現していた。

山吹役の祷キララは、「サマーフィルムにのって」のブルーハワイ役が印象的。父母との微妙な関係性を繊細に表現していた。

その他にも、日本映画ではおなじみの川瀬陽太和田光沙、三浦誠己、青木崇高、松浦祐也らが出演して、脇を固めている。

荒々しくも鋭い問題提起を秘めた一作だ。地方から日本全土を、いや世界の今を見つめた作品といえるだろう。地方を拠点に、これだけ骨のある映画を作った山﨑監督とスタッフ、キャストに拍手を送りたい。

 

◆「やまぶき」
(2022年 日本・フランス)(上映時間1時間37分)
監督:山﨑樹一郎
出演:カン・ユンス、祷キララ、川瀬陽太和田光沙、三浦誠己、青木崇高、黒住尚生
桜まゆみ、謝村梨帆、西山真来、千田知美、大倉英莉、松浦祐也、グエン・クアン・フイ、柳原良平、齋藤徳一、中島朋人、中垣直久、ほたる、佐野和宏
ユーロスペースほかにて公開中。順次全国公開
ホームページ https://yamabuki-film.com/

 


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