映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「わたしのお母さん」

「わたしのお母さん」
2022年11月11日(金)ユーロスペースにて。午後2時30分より鑑賞(ユーロスペース2/D-9)

~余白を使って繊細に描写された母娘のすれ違う心。これぞ映画の妙味!

親子といえども必ずしも仲が良いとは限らない。いや、むしろ親子だからこそ、心がすれ違うことがあるのかもしれない。

「わたしのお母さん」は母と娘のすれ違う心を描いたドラマである。監督は、長編デビュー作「人の望みの喜びよ」が第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門でスペシャルメンションを受賞した杉田真一。

3人姉弟の長女で現在は夫と2人で暮らしている夕子(井上真央)。ある日、突然、長男夫婦と暮らしていた母の寛子(石田えり)と一時的に同居することになる。だが、寛子は明るく社交的な性格で、夕子はそんな母が昔から苦手だった。不安を抱えたまま、寛子との同居生活を始める夕子だったが……。

映画の冒頭で、夕子は母への屈折した思いを語る。2人の間に過去に何かあったのか?

母の寛子は夫の死後女手一つで3人の姉弟を育ててきた。今は夕子の弟である長男夫婦と暮らしている。ところが、ある時、寛子の不注意からボヤ騒ぎを起こしてしまう。幸いにも被害は軽かったが、寛子はしばらく夕子の元で暮らすことになる。

夕子が寛子を駅に迎えに行った時の描写が秀逸だ。夕子は寛子を見つけても、すぐには声をかけられない。それどころが一瞬、寛子から視線を外すのだ。そして、その直後にすぐに笑顔を作る。序盤のこのシーンだけで、2人が複雑な関係にあることがわかる。

寛子は相変わらず社交的で隣人とも親しくなり、夕子の家の家事を仕切るようになる。それに対して、夕子は寡黙でいつも無表情だ。それは彼女の性格なのか。それとも寛子の前ではそうなってしまうのか。いずれにしても、夕子は寛子のせいで身の置き所がなくなる。

寛子との同居は、長男夫婦と暮らす家が元に戻るまでの一時的な同居のはずだった。ところが、彼女が夕子の家に来てまもなく、突然大量の荷物が送られてくる。長男の嫁が送りつけたのだ。もともと折り合いが悪かったらしい嫁は、この機に寛子を追い出してしまうつもりらしかった。寛子は激怒する。夕子は途方に暮れる。

その一方で、夕子と寛子、そして夕子の姉の3人は温泉旅行に出かける。つかの間の休息だ。だが、そこでも楽しい時間の端々に、夕子と寛子のすれ違いが見えてくる。夕子は常に寛子と姉と距離を置いて歩く。土産物屋での寛子の言動にも違和感を持つ。

旅行から帰った寛子は、依然として夕子にあれこれ指図する。彼女に悪気はまったくないのだ。悪気はないがその性格から、つい余計な一言を口にする。それに対して夕子はうつむいて黙り込む。

実のところ2人の過去に劇的な出来事があったわけではない。夕子は日々の暮らしを重ねるうちに、いつの間にか母が苦手になってしまったらしい。本作の随所には、子供の頃の夕子と母親との過去が挟まれる。そこでの夕子も今と同じように、母とすれ違っていた。彼女は子供の頃から、母への違和感や苦手意識を持っていたのだ。

それは稀有なことではないのかもしれない。親子であっても、どうしても母親や父親の言動に違和感を覚えてしまうことがある。近親憎悪とまではいかないが、何となく親に苦手意識を持つ子供はどこにでもいるのではないか。

だが、それが徐々に広がり夕子を追い詰めていく。

ありがちな映画なら、夕子と寛子の対立が抜き差しならないものになり、破綻を招くことになるだろう。だが、本作は終盤まで大きな出来事は起こらない。夕子と寛子の日常を淡々と映し出し、2人の心の揺れ動きを繊細にあぶりだす。

この映画のセリフは極端に少ない。極限まで絞り込まれている。そのセリフと同様に、夕子の揺れる心を見事に表現するのが、セリフとセリフの「間」だ。夕子がただ黙ってじっとしているシーンや黙々と歩くシーンを長めに映し出し、その余白で多くのことを語らせる。観客はその余白から様々なことを想像する。映画だからこそできる表現であり、その妙味に一瞬たりともスクリーンから目が離せなかった。

転機になるのは、夕子の勤務先の店長の送別会。そこで夕子は飲めない酒を飲んでしたたかに酔う。それはかつて寛子が泥酔して帰ってきた時のことを想起させた。それに対して、寛子はどんな態度をとったのか。母娘の対立は決定的なものとなる。

映画の終盤近くで夕子が寛子の口紅をつけ、「嫌い」とはっきり口にするシーンがある。その後の彼女の行動と合わせて、観ている者の心をかき乱す印象深いシーンである。

井上真央の抑えた演技が素晴らしい。ほとんど無表情で、無口。感情を表現するのは難しいはずだが、見事にそれをやってのけている。ほんのわずかな表情の変化だけで、心の内をさらけ出すのだ。賞レースにランクされてもいいような演技だった。

石田えりの明るさもこの映画に彩を添えている。もしもステレオタイプ毒親のように寛子が暗いだけの女性だったら、この映画はひたすら陰湿なものになっただろう。

親子関係について、色々と考えさせる映画である。親の立場で見ても、子の立場で見ても多くのことを考えさせられる。観終わって、テーマ曲のピアノの音色がいつまでも頭に残っていた。

 

◆「わたしのお母さん」
(2022年 日本)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:杉田真一
出演:井上真央石田えり阿部純子笠松将、ぎぃ子、橋本一郎、瑛蓮、深澤千有紀、丸山澪、大崎由利子、大島蓉子宇野祥平
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://www.watahaha-movie.jp/

 


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