映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「あちらにいる鬼」

「あちらにいる鬼」
2022年11月17日(木)グランドシネマサンシャイン池袋にて。午後1時30分より鑑賞(スクリーン7/e-8)

井上光晴と奥さん、そして瀬戸内寂聴の不可思議な関係

コロナ第8波の到来だ。もう一度気を引き締めねばならない。というわけで、混雑していない映画はどれだ?

足を運んだのは「あちらにいる鬼」。事前にネットで見たら観客は4人。やったー!と思って行ってみたら、けっこう混雑しているではないか。しかも、私の左隣に観客がいるぞ。うーむ、どうもネットで予約せずに劇場でチケットを買った人が多かったみたい。

とはいえ、帰るわけにもいかず最後まで鑑賞。「あちらにいる鬼」は、小説家・井上光晴の娘で直木賞作家の井上荒野の小説を映画化したもの。その小説がどんなものかといえば、両親と瀬戸内寂聴をモデルに3人の特別な関係を綴ったものなのだ。

1966年、人気作家の長内みはる(寺島しのぶ)は、作家の白木篤郎(豊川悦司)と講演旅行をきっかけに知り合う。みはるにはパートナーが、そして白木には妻子がいたが、2人は男女の仲になる。一方、白木の妻・笙子(広末涼子)は夫の奔放な女性関係を黙認して動じることがなかった。

いやぁー、とんでもない関係ですな。この3人。そもそも白木には、みはるの前にも愛人がテンコ盛りでいたのだ。序盤では、自殺未遂した愛人を笙子がお見舞いに行く場面がある。浮気する夫も夫だが、その相手を見舞う妻も妻である。この夫婦、にわかに理解できる関係ではない。

そんな白木に惚れる、みはるもみはるだ。白木に妻子がいることは承知の事実。会った直後から白木は「妻は料理がうまいんだよ」などと言い放つのだ。

映画はこの3人の心理をそれぞれあぶり出していく。誰か1人にウエイトを置くわけではなく、3人の揺れる心を映しだすのだ。1本の映画でこんなことができるのも、監督・廣木隆一、脚本・荒井晴彦のベテランコンビだからだろう。ちなみにこの2人は、「ヴァイブレータ」「やわらかい生活」でもタッグを組んでいる。

まず笙子の心理だが、彼女は平穏な生活を維持するため、夫の女性関係を超然として黙認している。だが、その端々でやはり心配の種や孤独が、彼女の心に影を差す。

一方、みはるは元夫の教え子とのズルズルの関係を続けながら、心に孤独を抱えている。そこに白木が現れる。もちろん、彼が自分の物にならないことは理解しているのだが、それでも何とかしたいという気持ちが現れる。

そして問題の白木である。これがまあ、とんでもないウソつき男なのだ。さも本当らしく語る自分の生い立ちも、実はかなり盛っている。ところが、こと恋愛となると自分にウソがつけない。好きになったら我慢できないし、嫌いになったらバイバイだ。そのことでなおさらウソをつかざるを得なくなる。

ここぞという場面にはアップを多用して、こうした3人の揺れる心をきっちりとスクリーンに刻む廣木監督。おかげで、にわかには信じがたいこの物語が、説得力を持って語られるのだ。

まあ、それ以前に元々実話だから、信じるも信じないもないんですけどね。

ズブズブの関係を続けるうちに、白木は相変わらずあっちこっちの女性に手を出し、小説教室の生徒とも関係を持つ。そこの生徒たちときたら、みんな白木の信奉者で彼にメロメロなのだ。

実は、この映画に描かれているようなことは、原一男監督が井上光晴を撮った「全身小説家」というドキュメンタリー映画にも描かれている。そこでも彼の生徒たちは井上の話になると目を輝かせて語る。この映画では豊川悦司が演じているから、彼が女性にもてるのも何となくわかるが、実際の井上は普通のオッサンだ。なのになぜモテる?

そんなことはどうでもいい。白木だけでなく、みはるも若い俳優と関係を持つ。さらに終盤では、笙子もある男と関係を持とうとする(ダメだったけど)。3人ともある意味ムチャクチャな行動を取るのである。

そうこうするうちに、みはるは出家を決意する。それを前にして、一緒に風呂に入って白木が彼女の髪を洗ってあげるシーンは感動的。涙うるうるもののシーンだ。

出家後に、みはる(寂光という名になっている)が、白木が新しく建てた家にやって来る。そして、白木、笙子、2人の子供と食卓を囲む。長年の恩讐を超えて、みはると笙子は同志的な関係を築いたらしい。同じ男を愛した者同士として……。

最後はそんな同志の2人が白木の死を見送るシーン。ここもなかなかに感動的。そして、屋上でタバコを吸いながら悲しむ笙子と、タクシーの中で涙するみはるの姿が最後に映る。実に切ないラストシーンである。

豊川悦司寺島しのぶ(撮影のために実際に頭を丸めたとのこと)、広末涼子はいずれもさすがの演技。特に広末は想像を超える演技。感情の揺らめきを繊細に表現していた。

風変わりな3人の男女の関係を描いたドラマ。私には不可思議すぎて、よくわからないところもあったのだが、まあ、恋愛にはいろんな恋愛があることを思い知らされましたね。

しかし、井上荒野はこんな家庭で育ってよくグレなかったなぁ(笑)。

 

◆「あちらにいる鬼」
(2022年 日本)(上映時間2時間19分)
監督:廣木隆一
出演:寺島しのぶ豊川悦司広末涼子高良健吾村上淳蓮佛美沙子、佐野岳宇野祥平丘みつ子、夏子、麻美、高橋侃、片山友希、長内映里香、輝有子、古谷佳也、山田キヌヲ
シネスイッチ銀座ほかにて全国公開中
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