映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「シスター 夏のわかれ道」

「シスター 夏のわかれ道」
2022年11月26日(土)シネ・リーブル池袋にて。午後4時45分より鑑賞(シアター2/F-5)

~見知らぬ弟を押し付けられた姉の葛藤。一人っ子政策がもたらした闇を照らす

あからさまに政府の批判などしようものなら、当局からダメだしが入る中国映画だが、実はそれなりに社会問題を盛り込んだ作品は多い。もちろん、それが今の政府批判にならないことは条件なのだが。

「シスター 夏のわかれ道」も社会問題を背景としたドラマだ。

主人公は看護師として働きながら、医者になるために北京の大学院進学を目指すアン・ラン(チャン・ツィフォン)。ある日、疎遠だった両親が交通事故で亡くなり、親族から会ったこともない6歳の弟・ズーハン(ダレン・キム)を押し付けられてしまう。両親の死すら理解できずワガママばかりのズーハンに振り回されっぱなしのアン・ラン。北京行きの計画に暗雲が垂れ込める中、彼女は弟を養子に出すことを決意する……。

この映画、低予算で制作されたにもかかわらず、中国で「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」などの大作を超えるメガヒットを記録したという。それもうなずける映画だ。

まず感情描写が絶品である。突然見知らぬ弟を押し付けられて、自分の夢に暗雲が立ち込めた主人公アン・ランの揺れる心を、繊細かつリアルに描写している。手持ちカメラを多用し、アングルにも工夫を凝らした映像が効果的だ。

例えば、終盤でアン・ランが弟の養父母から「もう二度と会わない」という書類にサインさせられるシーン。彼女の苦しげに歪んだ顔をアップで捉える。それが彼女にとっていかに非情な選択かを示すシーンだ。

アン・ラン役のチャン・ツィフォンの演技が素晴らしい。アン・ランはいつも仏頂面でめったに笑顔を見せない。それは一人で自分の道を切り開き、様々な困難に立ち向かってきた証である。何事にも白黒つけないと気が済まず、妥協は許さない。それが周囲と軋轢を生む原因になる。そんな彼女が弟を押し付けられ、戸惑い、混乱し、それでもやがて少しずつ心が変化していく。そんなアン・ランを見事に演じ切っている。

岩井俊二監督の「チィファの手紙」でもなかなか良い味を出していたが、今回はさらにパワーアップした感じである。アン・ランの言動が観客の共感を呼ぶのは、監督のイン・ルオシン、脚本のヨウ・シャオインの力に加えて、彼女の演技の魅力も大きいと思う。

一方、弟のキャラもいい。突然両親が消えたショックもあるのだろうが、とにかく生意気ですぐに反抗する。言い出したらきかない。アン・ランがイラつくのも当然だ。そのくせ時には子供らしい健気さ、可愛さを全開にする。演じるのは映画初出演のダレン・キム。

このドラマの背景には、前述したように中国の社会問題がある。それは2015年まで続いた一人っ子政策だ。原則として夫婦は1人しか子供を持てない。だが、子供に障害がある場合には、もう1人子供を持つことが許される。そのため、アン・ランの父母は娘が足が悪いとウソの申請をする。それによってアン・ランがいかに苦労したかを回想などで解き明かす。

では、なぜそれほどまでに夫婦は2人目の子を欲しがったのか。そこにも社会の病巣がある。家父長制という困った制度だ。家を継ぐのは男子であり、何事も男子が優先される。アン・ランが女の子だったから、両親は2人目の子供を欲しがったのである。

ちなみに、アン・ランは医師を志望していたが、両親が勝手に看護師に志望を変えてしまったという。「女の子は地元に勤めて親の面倒を見るものだ」というのがその理由だ。けっして毒親とも言い切れない彼女の両親が、そうした行動を取るほど中国で家父長制は根深く浸透しているのである。

そんな様々な問題に翻弄されるのは周囲の人々も同様だ。このドラマには根っからの悪人が登場しない。アン・ランにズーハンを押し付ける親戚たちにも、それぞれの事情がある。実は、伯母もアン・ランと同様の苦しみを経験したことが後になってわかる。一見、麻雀狂のどうしようもない人物に見える叔父の過去にも、それなりのドラマがあったことがわかる。

自分の夢を追い求めるのか。それとも夢を諦めて弟の面倒を見るのか。いわば究極の選択を迫られるアン・ラン。おそらく多くの観客が彼女の立場になって、どうすべきか悩むのではないだろう。

その果てに彼女の下した決断は……。

このラストについては、アン・ランが明確に結論を出したわけではないと私は思う。姉弟の絆については、しっかりと印象づけられたものの、彼女の進路についてはまだ様々な可能性が残されているはずだ。しかし、いずれにしても彼女は自分で自分の進路を選択するだろう。誰に言われるのでもなく。それこそが、作り手たちが伝えたかったメッセージではないだろうか。自分の人生は自分で選ぶべきだと。

単に感動するだけではなく、様々なことを考えさせられる良作である。中国だけでなく世界中に通用するドラマだと思う。

◆「シスター 夏のわかれ道」(我的姐姐/SISTER)
(2021年 中国)(上映時間2時間7分)
監督:イン・ルオシン
出演:チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム、ドアン・ボーウェン、リャン・ジンカン、ワン・シェンディー
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/sister/

 


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