映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「イニシェリン島の精霊」

「イニシェリン島の精霊」
2023年1月31日(火)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時50分より鑑賞(スクリーン9/D-11)

~孤島で起きる2人の男のすれ違いに人間や戦争の本質が見える

 

顔の症状はまだ治まらないけれど、痛みはだいぶ治まったので思い切って映画館へ行ってみました。結論から言うと、上映中はまったく痛みも感じず映画に集中できました。その後ドトールで感想をメモしている間も問題なし。しかし、家に帰ると痛みがぶり返し……。まだ万全には程遠いですね。調子を見ながらぼちぼちという感じです。

さて、観た映画は「インシェリン島の精霊」。前作「スリー・ビルボード」が高く評価されたマーティン・マクドナー監督の新作だ!

タイトルにある通り、アイルランドの島にいるという死を予告する精霊・バンシーをモチーフにしたドラマである。

不穏な空気の中、始まるのは100年前のドラマ。住民同士が全員顔見知りというアイルランドの孤島「インシェリン島」で、パードリック(コリン・ファレル)が、いつものように気軽にコルム(ブレンダン・グリーソン)を飲みに誘う。だが、コルムの様子はいつもと違う。なんと彼は長年の友人であるパードリックに絶縁を言い渡してしまうのだ。

映画では2人が友人だった頃の様子は描かれない。いきなりコルムはパードリックを拒否してしまう。いったいなぜだ。パードリックは混乱する。それを見ている観客もまた、パードリックとともに混乱の渦に巻き込まれるのである。2人の間に何があったのか。

この引き込み方がうまい。観客を巧みにドラマに没入させる。マクドナー監督らしい見事な語り口である。

パードリックはみんなが口を揃えて「好い人」だという。しかも優しい。ただし、酒癖はあまり良くないらしく、飲んで暴走することもある。もしかして、酒を飲んでコルムに何かしたのか。

だが、そんなパードリックにコルムは言う。お前は何もしていない。だったら、なぜ絶縁を?

お前のような愚か者と無駄話をしている時間はない。俺は思索したり音楽をもっとやりたいんだ。コルムはそう言い放つ。彼はバイオリン奏者で、アイルランド音楽を演奏していた。それをもっと本腰を入れてやりたいというのだ。

だが、パードリックにしてみれば理解不能だ。何もパードリックと絶縁しなくとも、音楽はできるのではないか。それなのになぜ自分を拒否するのか。

都会ならそれでサヨナラとなるかもしれない。だが、狭い島の中では、否が応でも顔を合わせる。顔を合わせれば何とかしたいと思う。パードリックはどうにかしてコルムとの仲を修復しようとする。

それがあだになる。2人の仲はさらにこじれる。そこにパードリックの妹のシボーン(ケリー・コンドン)や警察署長の息子のドミニク(バリー・コーガン)も絡んで、複雑な様相を呈する。

ついにコルムは宣言する。これ以上話しかけたら自分の指を切り落とすと。そして……。

閉塞感漂う雰囲気の中、パードリックとコルムの持って行き場のない思いがスクリーンを覆う。コルムはパードリックを拒否することで、過去の自分の人生を否定し新たな何かにすがりたいと思ったのかもしれない。パードリックはそれを知りつつ、どうにもできない。

ドラマが進むにつれて、自然豊かなこの島が、実は悪意に満ちていることがわかってくる。警察署長、神父、店の女店主……。善良なパードリックもそれに染まる。終盤の暴走はある種の不条理喜劇の様相を見せる。それほどすさまじいエスカレートぶりである。

だが、それを単純に笑うことはできない。前作「スリー・ビルボード」同様に、描かれていることは人間の本質だからだ。ここには紛いもなく人間の闇が描かれている。

そして、もう一つ、このドラマの大きな要素がある。島から離れた本土では内戦が行われ、時折その砲声や銃声が聞こえてくるのである。そう。パードリックとコルムのいざこざは、戦争の一つの態様を示しているのかもしれない。ちょっとしたすれ違いが、抜き差しならない事態を招いてしまう。その恐ろしさを示しているともいえる。

その他にも、父子、兄妹、恋愛感情のすれ違いを描くなど、本作はいくつもの複雑な関係性を描き出しているように見える。

マクドナー監督は、もともと演劇畑の出身のせいか、セリフにすべての意味を込めるタイプだ。ただし、それでも役者の演技の場は十分に用意している。コリン・ファレルブレンダン・グリーソン、それぞれに個性を充分に発揮した素晴らしい演技だった。

本作は第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門でマーティン・マクドナー脚本賞を、コリン・ファレルがポルピ杯(最優秀男優賞)をそれぞれ受賞。第95回アカデミー賞でも作品、監督、主演男優(コリン・ファレル)、助演男優(ブレンダン・グリーソンバリー・コーガン)、助演女優(ケリー・コンドン)ほか8部門9ノミネートを果たしている。

スリー・ビルボード」ほどの衝撃はないものの、マクドナー監督らしい見応えある一作に仕上がっている。100年前の話だが、少しも古びたところがない。

◆「イニシェリン島の精霊」(THE BANSHEES OF INISHERIN)
(2022年 イギリス・アメリカ・アイルランド)(上映時間1時間54分)
監督・脚本:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレルブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン、ゲイリー・ライドン、パット・ショート、ジョン・ケニー、シーラ・フリット
*TOHOシネマズ シャンテ-ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin

 


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