映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「別れる決心」

「別れる決心」
2023年2月17日(金)グランドシネマサンシャイン池袋にて。午後4時5分より鑑賞(シアター9/d-7)

刑事と被害者の妻の危険で謎めいた関係。パク・チャヌク監督の新たな代表作

 

祝!映画館通い復活……と言いたいところだが、まだ症状が回復していない。マスクとメガネをすると変な痛みが襲ってくる。しかし、何とか2時間ちょっとは我慢できるのではないか。そうさ、きっと大丈夫!

と無理やり楽天的な気持ちになって、映画館に行ってきたのだ。なぜなら、そこにパク・チャヌク監督の新作「別れる決心」があったからだ。ポン・ジュノ監督とともに韓国映画で大好きな監督。「復讐者に憐れみを」「オールド・ボーイ」「親切なクムジャさん」の復讐三部作をはじめ近作の「お嬢さん」まで、ほぼすべての映画を鑑賞している。これを見逃す手はないのだ!

「別れる決心」は刑事と被害者の妻のロマンスを描いた作品。もちろん事件を巡るサスペンス的な要素もある。

刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は、男が山頂から転落死した事件を捜査する。事故ではなく殺人の可能性が高いと考えるヘジュンは、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)を疑うが彼女にはアリバイがあった。取り調べを進めるうちにソレの毅然とした態度に惹かれていくヘジュン。一方ソレもまた、折り目正しいヘジュンに特別な感情を抱き始めるのだが……。

この手の話は過去の映画でもたくさん取り上げられてきた。一歩間違えば陳腐な映画になりがちだ。だが、パク・チャヌク監督の手にかかるとまったく別物の映画になってしまう。ヒチコックの作品などとも共通する要素を持つが、それとも明らかに違うのだ。

ヘジュンは真面目で礼儀正しい刑事。原発で働く妻と週末だけ同居している。そして不眠症を抱えている。一方のソレは、中国からやってきたミステリアスな女性。年上の夫との関係も複雑だ。その2人が事件を通して出会い、互いに心理戦を繰り広げる。

その心理戦の描写が絶品だ。パク監督の過去作には、過激なエロス&バイオレンスの要素を盛り込んだものが多い。ラブコメの「サイボーグでも大丈夫」(2006年)を撮った時には、「子供に見せられる映画を初めて撮った」とコメントしていたはず。それほどエロス&バイオレンスが目立つのだ。

だが、今回はエロス&バイオレンスを封印している。それにもかかわらずヘジュンとソレの感情がスクリーンからあふれ出す。両者の一挙手一投足から、様々な思いが繊細に浮かび上がってくる。おかげで知らず知らずのうちにスクリーンに引きずり込まれ、最後まで目が離せなかった。

韓国語が拙いソレが時折使う翻訳ソフトも、両者が距離を縮めるのに効果的な使われ方をしている。ソレが中国語を話し翻訳ソフトが訳すまでの短い間が、ヘジュンの揺れる心理を見事に表現する。

巧妙な仕掛けを用意しているのもパク監督らしいところ。意味があるのかないのかわからないショットを随時挿入して、観客を戸惑わせる。ヘジュンがさす目薬、ヘジュンとソレが取り調べ中に食べる寿司(シマ寿司ってなに?)、ソレが可愛がる野良猫と鳥の死骸などなど。それらは人それぞれによって見え方が異なり、謎を深める役割を果たしている。

本来なら、その場にいるはずのないヘジュンがソレの間近に現れるといった、空間を超えたあやかしの構図も、これまた謎を深めるのに貢献している。とにかく映画に込められたエネルギーが破格なのだ。

それにしてもソレの危険な魅力よ!演じるタン・ウェイが絶品の演技を披露している。いわゆるファム・ファタールというと、全身に妖しさをまとった女性を想像しがちだが、それとは微妙に違う。ナチュラルというか、ごく自然な態度の端々から何やら不穏な影を感じさせる演技なのだ。あれはまあ本当にヤバいですよ。ヘジュンが惹かれるのも無理はない。「ラスト、コーション」で知られるタン・ウェイだが、また一段と魅力的になったものだ。

そんな彼女に翻弄されるパク・ヘイルもなかなかの演技。心乱れるヘジュンを巧みに表現していた。「殺人の追憶」から20年。素晴らしい役者に成長した。

というわけで、「それはダメだ」と思いつつも、ヘジュンはソレに惹かれていく(シャレではない)。刑事と容疑者という一線を越えそうになりながら、懸命に踏みとどまろうとしてもがく。

その果てに、事件は一応の決着を見るのだが、その先に意外な事実が待ち受けている。完璧に思えたソレのアリバイに疑問が生じ始めるのだ。

さぁ、そこからがこのドラマの真骨頂かもしれない。終盤には、第2部ともいえるドラマが用意されている。妻の勤務地に引っ越してきたヘジュンの前に、再びソレが現れるのだ。そして、起きる新たな殺人事件。それをめぐってヘジュンとソレが再び対峙する。

ちなみに、本作にはユーモアもたくさんある。終盤のすっぽん泥棒の話などは、思わず爆笑してしまった。

ラストには衝撃のシーンが用意されている。一見、唐突にも思える出来事だが、ソレの心理を思い起こせば納得の行動かもしれない。2人の愛が絡み合い、もつれあってあの結末になだれ込む。別れる決心とはそういうことだったのか!?

ロマンスとミステリーを融合させた見応えある作品だ。エンタメ映画の中で作家性を全開にするのもパク・チャヌク監督らしいところ。パク監督の新たな代表作と言えるだろう。

観終わった後、しばらく立ち上がれなかった。帯状疱疹の痛みのせいではない。パク監督のあまりのエネルギーに圧倒されてしまったのだ。

◆「別れる決心」(DECISION TO LEAVE)
(2022 韓国)(上映時間2時間18分)
監督:パク・チャヌク
出演:タン・ウェイ、パク・ヘイル、イ・ジョンヒョン、パク・ヨンウ、コ・ギョンピョ、キム・シニョン、ユ・スンモク、パク・ジョンミン、ソ・ヒョヌ、イ・ハクジュ、ユ・テオ
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/wakare-movie/

 


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