映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「零落」

「零落」
2023年3月21日(火)テアトル新宿にて。午後1時20分より鑑賞(A-11)

~次回作が描けない漫画家。クズ男の苦悩と苛立ちに何となく共感も……

 

俳優としておなじみの竹中直人だが、映画監督としても「無能の人」「東京日和」などの作品がある。「零落」は、「ソラニン」「おやすみプンプン」などで知られる漫画家・浅野いにおの漫画を映画化した。10作目の監督作品とのこと。

一人の漫画家の苦悩と苛立ちを描いた作品だ。

8年間連載してきた漫画が終了を迎えた漫画家の深澤薫(斎藤工)。当初は人気作家としてもてはやされたが、今は見る影もない“元”売れっ子漫画家。次回作のアイデアを考えるが何も思い浮かばず、漫画編集者の妻のぞみ(MEGIMI)との間に大きな溝が生じてしまう。そんな中、“猫のような目をした”風俗嬢のちふゆ(趣里)に出会い、深澤は彼女に惹かれていくのだが……。

まあ、この深澤という漫画家、とんでもない大バカヤローなのだ。自分の次回作のアイデアが浮かばないのを棚に上げて、自分より人気のある漫画家を妬み、怒りまくって周囲を傷つけてまわるのだ。言っていることだって矛盾だらけである。

彼の犠牲になるのは妻ののぞみ。自分だって8年間忙しかったくせに、いざ妻が売れっ子漫画家の担当になって多忙になると、文句ばかり言うようになる。挙句は勝手に離婚だとほざくのである。

おまけに風俗遊びまで始めて、そこで会った風俗嬢のちふゆに入れあげる。彼女は現実を忘れさせてくれる都合の良い女。要するに現実逃避できるからつきあっているのだ。

もう本当にクズ男、ダメ男である。

とはいえ、そんな彼を簡単に切って捨てることもできない。それは私にも多少は似ているところがあるからだろう。いや、私には妻はいないし、風俗嬢の知り合いもいないがそういうことではない。自分の思い通りにいかないからといって、他人を妬み、悪いことは全部他人のせいにし、現実から逃げ出す……。自分にも何となく身に覚えがあるのだ。

主人公は漫画家だが、漫画家に限らず多くの表現者が、深澤と同じような思いを抱えた経験があるのではないだろうか。いや、表現者に限らず人間なら、多少なりともそうした経験があるのでは? つくづく人間というのは厄介な生き物である。

竹中監督は情け容赦なく、深澤のダメさをあぶり出しつつ、どこかでそうした共感の余地を残している。完全に切って捨てはしないのだ。あちらこちらに笑いの要素を配しているのも、それに貢献している。

映画の中盤、深澤はちふゆの故郷へ一緒に出かける。のどかな田園風景の中で、彼の心に変化が訪れる……なーんてことになったら、これはもう明るい未来が待っているわけだが、そんなことには全くならない。何度も映る荒れた海の風景のように、彼の心は荒んだままだ。

その後、東京に戻っても、深澤は相変わらずクズ男のままだ。無礼な態度の元アシスタントと大喧嘩をした直後、のぞみと決定的なバトルを演じる。この場面は必見。長回しで演じられる2人の大げんかは、アドリブかと思わせるほどリアルだ。こんな迫真の言い合いは久々に目撃した。

ラストは残酷なシーンが用意されている。大衆の求めるものに回帰した深澤がサイン会で出会ったのは、昔からの彼のファン。だが、彼女の言葉は深澤の思いとまったく違うものだった。

実は、この映画の冒頭をはじめ随所には、深澤が大学時代につきあっていて、突然消えた「猫顔の女性」のエピソードが登場する。彼女は深澤のことをある言葉で表現していた。その言葉がラストになってようやく明かされる。それはまさに深澤の正体を言い当てた言葉だった。苦い余韻が残るラストだった。

主人公を演じた斎藤工がハマリ役だ。ほとんど笑顔を見せず、ぼそぼそとしゃべる。何が起きても動じないように見える(実際はそう見えるだけなのだが)。それが深澤のキャラにピッタリだった。

風俗嬢役の趣里もこういう役が似合う。コケティッシュで、ちょっと現実離れしたような独特の雰囲気がたまらない。NHKの朝ドラで主演するらしいが、どんな感じになるのだろう。プロデューサーも兼ねる妻役のMEGUMI、エキセントリックなアシスタント役の山下リオも好演している。

ついでに永積崇(ハナレグミ)、しりあがり寿、志磨遼平らの有名人があちこちに出ているので、それを探すのも楽しい。

主人公のダメさを見つめる映画である。それに共感できるかどうかで評価は分かれるかもしれない。少なくとも、私はちょっと身につまされてしまった。

 

◆「零落」
(2022年 日本)(上映時間2時間8分)
監督:竹中直人
出演:斎藤工趣里MEGUMI山下リオ、土佐和成、吉沢悠菅原永二黒田大輔、永積崇、信江勇、佐々木史帆、しりあがり寿大橋裕之安井順平、志磨遼平、宮崎香蓮玉城ティナ安達祐実
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/reiraku/

 


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