映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ロストケア」

「ロストケア」
2023年3月27日(月)シネ・リーブル池袋にて。午前11時25分(シアター2/F-4)

~穴の開いた高齢化社会に鋭い問題提起。松山ケンイチ長澤まさみの対決が見もの

 

エンタメ映画に社会派の要素を盛り込むと言えば、韓国映画お得意のパターンだが、日本映画にもそうした作品はある。葉真中顕の原作を松山ケンイチ長澤まさみの主演で映画化した「ロストケア」はまさにそういう作品だ。

監督は「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」「そして、バトンは渡された」「老後の資金がありません!」などの前田哲。これまでに監督した作品にも、社会派の要素を持った作品がいくつかある。

映画の冒頭、聖書の一節が映される。「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイによる福音書7章12節)。これが映画全体を貫くモチーフになっている。

続いて、高齢者が孤独死した悲惨な現場が映される。そこに検事の大友秀美(長澤まさみ)がやって来る。事件なのか?

その後は、高齢者宅を訪れてケアをする訪問介護センターの職員の奮闘ぶりが描かれる。なかでも、介護士の斯波宗典(松山ケンイチ)はまるで肉親に接するように甲斐甲斐しく世話をする。後輩の介護士は彼を「憧れの人です」と言い切る。

だが、ある日、民家で訪問介護センターの所長と施設利用者の死体が発見される。その犯人として浮上したのはなんと斯波だった。物証がない中で数字に強い事務官の椎名(鈴鹿央士)のサポートで、大友は斯波が勤務する事務所だけ老人の死亡率が異常に高いことに気づく。

というわけで、前半はミステリー調で物語が進む。大友が事件の真相に迫り、斯波が犯人だという確証をつかむ過程は、なかなかにスリリングで面白い。

だが、本作の最大の見どころはその後にある。大友検事と斯波の1対1の対決だ。そこで、大友は「誤った正義感をふりかざした身勝手な大量殺人」と斯波を断罪する。それに対して、斯波は「殺人は最後の介護だ。自分は本人と家族を救ったのだ」と主張する。

さらに、大友が「他人の人生に決着をつける権利はない」と責めるのに対して、斯波は国の無策を強調する。「この社会には穴が開いている。落ちたらはい上がれない」と言うのだ。

それどころか、終盤には死刑制度に対する問題提起も行う。斯波は「自分は殺人を犯したが、国も自分を殺そうとしている」と主張する。

一見、勝手な理屈のように思える斯波の主張だが、その裏には複雑な事情があることが明らかになる。彼は42人を殺害したと告白するが、殺された利用者は41人。もう1人は誰なのか。

そこで彼と父親との悲劇的な関係が浮かび上がる。それはまさしく穴に落ちてはい上がれない親子である。それに対して大友は、自身の認知症の母親を恵まれた老人ホームに預けている。その対比も2人の対決をより陰影のはっきりしたものにする。

ついでにビジュアル的にも大友が黒のスーツなのに対して、斯波は白シャツ(頭には白の包帯)という対照的な色遣いも、2人の対決の小道具として効果的である。

もちろん長澤まさみ松山ケンイチの迫真の演技が、この対決を盛り上げる最大の要因であることは言うまでもない。2人は初共演ということだが、お互いに一歩も譲らない見事な演技だ。それぞれが長ゼリフで、ともすれば不自然な芝居になってしまいがちだが、そういうこともない。

さて、それにしてもこの迫真の対決の行方はどうなるのだろう?

と思ったら、終盤は親子の絆を強調して観客を感動に誘い込む強引な展開。そこでは、冒頭の孤独死のエピソードも関係してくる。音楽も何となく無理やり感動させようとしているかのようだ。

うーむ、まあ、難しい問題で結論など出るわけはないのだが、なんだかモヤモヤするなぁ。エンタメ映画として、ああいうラストの展開は仕方ないのかもしれないが……。

とはいえ、硬派な社会派のテーマと真摯に向き合った点は素直に評価できる。高齢化社会をめぐる様々な問題を考えるきっかけにもなる作品だと思う。松山ケンイチ長澤まさみのバトルだけでも観る価値がある。

鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂峯村リエなどの脇役陣も好演。特に柄本明は相変わらずの壮絶な演技。凄まじすぎる~!

◆「ロストケア」
(2023年 日本)(上映時間1時間54分)
監督:前田哲
出演:松山ケンイチ長澤まさみ鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂峯村リエ、加藤菜津、やす(ずん)、岩谷健司、井上肇綾戸智恵梶原善藤田弓子柄本明
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://lost-care.com/

 


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