「トリとロキタ」
2023年3月31日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時より鑑賞(スクリーン1/D-9)
~アフリカから来た偽の姉弟の受難。ダルデンヌ兄弟の職人技が冴えわたる
ケン・ローチなどとともに、社会問題に焦点を当てた作品を監督することで知られるベルギーのダルデンヌ兄弟(ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ)。その作品は社会のひずみをあぶり出すとともに、徹底して弱者に寄り添う姿勢が貫かれている。
今回の作品「トリとロキタ」でもその姿勢は不変だ。取り上げたのは移民問題。ダルデンヌ兄弟は、過去作でも「イゴールの約束」「ロルナの祈り」「午後8時の訪問者」などで移民問題に焦点を当てている。
ベナン出身の少年トリ(パブロ・シルズ)とカメルーン出身の少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)は偽の姉弟。アフリカから地中海を渡ってベルギーのリエージュにやって来た2人は、その旅の途中で出会った。トリは迫害を受けたと認められ、すでにビザが発行されていたため、ロキタはトリの姉と偽ってビザを取得しようとしていたのだ。
なかなかビザが下りないロキタは、まともな仕事に就くことができない。それでも故郷の母に仕送りするため、危険なドラッグの運び屋として金を稼いでいた。そんなある日、仕送りのための金を密航を斡旋した仲介業者に奪われてしまったロキタは、さらに危険な仕事を引き受けることを決意する……。
映画の冒頭は、ロキタが質問を受けるシーン。「弟を見分けた方法は?」「養護施設がつけた名前をなぜ知ってたの?」。最初のうちこそよどみなく答えていたロキタだが、畳みかけられるうちに答えに窮し、ついにパニック発作を起こす。これはビザ取得を認めるかどうかを決める面接。周到に準備しても、本当の姉のようには振る舞えない。ここから早くも緊迫のシーンの乱れ打ちとなる。
それもそのはず、ダルデンヌ兄弟の映画は手持ちカメラを多用した映像が特徴。おまけに劇伴もない。それが目の前で起きていることを、よりリアルに見せる。この映画でもその手法が十分に効果を発揮している。小柄で俊敏なトリと大柄で不安定なロキタ。対照的な2人の姿をリアルかつサスペンスフルに映し出す。
ロキタとトリの関係については、偽の姉弟だということは早いうちにわかったものの、詳しい説明がないこともあって、その実情についてはなかなかわからなかった。単にビザ取得のために便宜的に「姉弟」を演じているだけなのかとも思った。だが、2人の日常を見るにつれ、そうではないことがわかってきた。2人は本当の姉弟のような絆で結ばれていたのだ。おそらく、ベルギーに着くまでに様々な苦難に合い、その中で2人の絆が強まったのだろう。
劇中で2人で過ごす場面はとても楽しそうだ。密航者が宿泊する施設のような場所で、楽し気にはしゃぎ、会話をする。2人なら、どんな苦難も乗り越えられると思っているに違いない。
だから、2人は離れ離れになるのが耐えられない。危険な仕事をするために、ロキタは目隠しをされてどこかに連れてこられる。そこは外界からの情報を一切遮断された倉庫のような場所。劣悪な環境で、おまけに外部の者に場所を特定されないように、携帯電話のSIMも没収される。
それでも必死でトリと連絡を取ろうとするロキタ。その思いはトリも一緒だった。彼は隙を見て、ロキタのいる場所に潜入する。だが、それが大きな悲劇を招く。
ダルデンヌ兄弟の作品は悲劇的な結末の映画も多いが、そこにわずかながら希望の灯が感じられることもある。だが、本作にはそれがない。
そこに込められているのは怒りだろう。密航してきたロキタとトリはベルギー社会で冷たい扱いを受ける。特にロキタにはビザも発給されない。社会の底辺に追いやられ、危険な仕事をせざるを得なくなる。彼らを追い詰める社会(もちろん政治もそこには含まれる)に対する怒りが、静かに激しく燃え盛っている。それが悲しいエンディングに込められている。そう感じたのは私だけだろうか。
トリとロキタを演じたのは、ともに本作が映画初出演のパブロ・シルズとジョエリー・ムブンドゥ。どちらも堂々たる演技を見せている。
全編に少しも無駄のないサスペンスドラマである。過酷な運命にさらされた偽りの姉弟が、異国の地で誰の支援も受けられないまま、自分たちだけの力で運命を切り開こうとする。ギリギリの土壇場に追い込まれても、助け合って何とかしようとする。それが招いた思いもよらぬ結末も含めて、ダルデンヌ兄弟の熟練の職人技が見られる映画だ。この社会に不公平や差別の種が尽きない限り、彼らのような映画作家は絶対に必要なのだと思う。
◆「トリとロキタ」(TORI ET LOKITA)
(2022年 ベルギー・フランス)(上映時間1時間29分)
監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:パブロ・シルズ、ジョエリー・ムブンドゥ、アウバン・ウカイ、タイメン・ホーファーツ、シャルロット・デ・ブライネ、ナデージュ・エドラオゴ、マルク・ジンガ
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://bitters.co.jp/tori_lokita/
*にほんブログ村に参加しています。↓
*映画グループに参加しています。↓