映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「同じ下着を着るふたりの女」

「同じ下着を着るふたりの女
2023年5月19日(金)シアター・イメージフォーラムにて。午後1時30分より鑑賞(シアター2/G-6)

~愛せないし、憎みきれない。母娘の抜き差しならない関係

母と娘の関係には微妙なものがあるようだ。最近の日本映画では、井上真央石田えりが共演した「わたしのお母さん」が、そうした母と娘の微妙な関係を繊細に描き出していた。表面的には凪いでいるように見えても、ちょっとしたきっかけで嵐が吹き荒れる。

韓国映画「同じ下着を着るふたりの女」も母と娘のドラマだ。ただし、こちらはかなり強烈。ふだんから、2人の間には嵐が吹き荒れている。

若くしてシングルマザーとなった母スギョン(ヤン・マルボク)。20代後半の娘イジョン(イム・ジホ)。スギョンは幼い頃からイジョンにつらく当たり、イジョンはそんな母に積年の恨みを募らせていた。それでも2人は団地で一緒に暮らしていた。

というわけで、スギョンの態度は虐待に近いものがある。娘の中学、高校の卒業式は「忘れた」と言って欠席し、仕事の不満を娘にぶつけ、口癖は「死ね」。暴力を振るうこともある。まさにモンスター母だ。

一方のイジョンは当然ながら母を嫌い、恨みを募らせ、反発を隠そうともしなかった。観ていて、そのうち彼女が隙を見て母を刺すのではないかと思ったほどだ。

だが、2人はなぜか同居し続けていた。そこには他人からはうかがい知れない「何か」があるに違いない。腐れ縁? 絆? 共依存

そんな中、事件が起きる。一緒に買い物に出かけた2人は、スーパーの駐車場でケンカになり、車から飛び出したイジョンをスギョンが轢いてしまう。スギョンは車が突然発進したと警察に説明するが、イジョンは母が自分を殺そうとしたと主張し、母を相手に裁判を起こす。

ついに行くところまで行ってしまったわけだ。決定的な事件である。これで2人の仲は修復不可能。もう法廷以外で顔を合わせることはない……のかと思ったら、そうでもないのだ。その後も2人は同居を続ける。

一見すれば信じがたい話だが、これが長編デビューとなる新人のキム・セイン監督は、母と娘の心情を繊細に切り取ることで見事にリアリティーを獲得している。同時に、暴力母とその被害者の娘というステレオタイプな物語になりそうな話を、2人の心理の複雑な奥底をあぶり出すことで、簡単には割り切れないドラマに昇華している。

そして最も秀逸なのが、2人の関係を「下着」に象徴させていることだ。邦題にあるように2人は下着を共用している。ここに抜き差しならない2人の関係性が表れている。イジョンにとっては、母はスギョン1人しかおらず、生まれてからずっと母の影響下にあったのだ。

イジョンが言うには、初めて生理になって戸惑う娘に対して、悪態をつきながらスギョンが世話をした。それが、とてもうれしかったという。2人の複雑な関係を示すエピソードの1つだ。徹底的に憎むことも、愛することもできずに、2人は同居を続ける。

ドラマは中盤以降、新たな展開を見せ始める。スギョンはかねてからジョンヨルという男と交際しており、再婚を考えていた。その際にも「お前がいなければもっと早く再婚できたのに」とイジョンに悪態をつきながらだが。

一方のイジョンは、職場の同僚スヒの優しさに触れ、彼女に癒しを求めるようになる。彼女の家に泊まり込み、スギョンとのつらい関係を涙を流しながら告白する。

こうして、ようやく2人にはそれぞれの人生を歩む兆しが訪れる。

だが、そこで波乱が起きる。ジョンヨルには年頃の娘がいた。再婚話が進むにつれ、その娘との関係に暗雲が立ち込め始める。

一方のイジョンとスヒの関係にも、微妙な影が差し始める。

終盤は二転三転する展開。そこで目を引くのが、突然停電が訪れて家が真っ暗になるシーン。スギョンとイジョンそれぞれの影がわずかに見えるだけで、数少ない会話がより緊迫感を帯びたものになる。そして、そこで決定的な会話が交わされる。

母と娘のその後が描かれるラストシーン。イジョンはある店に立ち寄る。そして、ここでも下着が重要な役割を果たす。キム監督は下着に託して、イジョンの自立を明確に示唆するのだ。

もちろん首をひねるようなところもないではない。母娘の裁判の行方が中途半端だったりもする。しかし、演出といい脚本といい新人らしからぬよくできた映画なのは確かだ。母と娘の葛藤と、その果ての自立を鮮烈に捉えている。こういう言い方はあまり好きではないのだが、やはり女性監督だからここまで母と娘の関係を描けたのかなとも思う。

娘イジョンを演じたイム・ジホの陰にこもった演技、母スギョンを演じたヤン・マルボクのぶち切れた演技も見ものだ。

◆「同じ下着を着るふたりの女」(THE APARTMENT WITH TWO WOMEN)
(2021年 韓国)(上映時間2時間19分)
監督・脚本:キム・セイン
出演:イム・ジホ、ヤン・マルボク、チョン・ボラム、ヤン・フンジュ
*シアター・イメージフォーラムほかにて公開中
ホームページ https://movie.foggycinema.com/onajishitagi/

 


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