「あの子の夢を水に流して」
2023年5月24日(水)ユーロスペースにて。午後7時より鑑賞(スクリーン1/C-9)
~我が子を亡くした女性と生と死が循環する川の物語
本当は映画を作りたい。だが、そんなお金もコネもない。だから、クラウドファンディングを実施している映画に少額のお金を出して応援している。
遠山昇司監督の「あの子の夢を水に流して」も、クラファンで応援した映画だ。2020年の熊本の水害で被害を出した球磨川を舞台にしたドラマで、内田慈が主演を務めると聞いてクラファンに参加した。内田は昔から好きな俳優だ。
生まれて間もない息子を亡くして失意の底にいる37歳の瑞波(内田慈)は、故郷の熊本県八代市に10年ぶりに帰省する。幼なじみの恵介(玉置玲央)や良太(山崎皓司)と久々に再会した彼女は、彼らとともに球磨川をめぐる。そこは豪雨災害の傷跡が残る場所だった。お互いに自身のことを語りあう3人は、やがて不思議な現象に遭遇する……。
冒頭が鮮烈な印象だ。まるで抽象画のようなイメージの映像と音。いったい何事だろうと思わされる。
やがて一人の女性、瑞波が悲嘆に暮れている姿が映る。そこもまるで抽象画のような世界だ。瑞波はつぶやく。「あの子が泣いたら、雨が降る。あの子がくしゃみをしたら、誰かが退院する。あの子がしゃっくりしたら、誰かが死んじゃう。あの子が笑ったら、誰かがお花を持ってきてくれる。じゃあ、あの子が生まれたら」
瑞波は悲しみに沈む一方で、電話越しの母との会話では気丈に振る舞う。だが、その後、スマホの中の我が子の姿に涙する。そして、やはり故郷に帰ることを決意するのだ。
その後は、故郷・八代市に帰った瑞波が描かれる。幼なじみの恵介と良太と球磨川流域を歩きながら、それぞれが自分のことを語る。瑞波も子供を亡くしたことを2人に話す。
そして瑞波は球磨川に子供の遺灰をまく。
いったい彼女はなぜ川を選んだのか。タイトルバックで川の俯瞰映像が捉えられ、揺れるその水面が映し出される。そして瑞波のモノローグが入る。「川がいい。海でも山でもなくて、川がいい」
それは故郷の慣れ親しんだ場所だったからなのか。八代の喫茶店のマスターが言ったように「川は時間。時間は、一方向にしか進まない」からなのか。
川はこの映画のもう1人の主役といえる。劇中では球磨川の映像が数多く登場し、2020年の豪雨で被災した惨状を含めて、様々な表情を見せてくれる。
川は時には人の命を奪う恐ろしい場所であり、その反面、命をはぐくむ場所でもある。この映画で恵介が作る焼酎も、水の恵みがあればこそ存在する。生と死を同時に湛える川。
瑞波がそこに我が子の遺灰をまいたのは当然のことだったのかもしれない。生命の循環する場所。死が生へと変容していくことで、瑞波の心は癒やされていったのだろう。
映画の終盤、自宅に戻った瑞波は冷蔵庫の扉を開ける。それは彼女が再び前を向き始めた証拠に違いない。
物語はシンプルだが余白の多いドラマである。語られるセリフは少なく、観客の考えに委ねる部分が大きい。
光も効果的に使われている。舞台が熊本に移ってからは、温かな日差しがずっとスクリーンを覆う。そして幻想的なトンネルの風景。そこに光がともる。ホースの水から生まれる虹も印象的だ。
セリフが少ないと言ったが、印象的なフレーズが多いのも特徴だ。前述の「川がいい。海でもなくて、川がいい。」「川は時間。時間は、一方向にしか進まない」というのもそうだし、水害を目撃した恵介が「この世界ってさ。“浮かぶもの”と“沈むもの”に分けたら、“沈むもの”の方が多いんじゃないか」というセリフ。あるいは、瑞波が亡き我が子を思って言うセリフ「あの子にとって生まれたその時が一番明るかったんじゃないか」など、まるで詩のようなセリフが続く。
遠山監督は近年はアートの仕事をしていたということだが、映画にもアート的な味わいが感じられた。
観ていて穏やかで優しい気持ちになれた。70分という長さの小品だが、観る人によって様々な思いが呼び覚まされる奥深い映画だと感じた。商業的に話題になるような映画ではないけれど、クラファンで支援して良かったと思う。
主演の内田慈は本当に良い演技をする。途中まではほぼ一人芝居だけに、その演技の素晴らしさが際立つ。中盤以降のナチュラルなたたずまいも、この映画の空気感と見事に合っている。
現在、渋谷のユーロスペースで連日19:00より上映中。6月2日からはシモキタ-エキマエ-シネマ「K2」で上映されるので、よろしかったら。
◆「あの子の夢を水に流して」
(2022年 日本)(上映時間1時間10分)
監督:遠山昇司
出演:内田慈、玉置玲央、山崎皓司、加藤笑平、中原丈雄
*ユーロスペースほかで公開中
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