映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「怪物」

「怪物」
2023年6月2日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時より鑑賞(スクリーン9/B-11)

~怪物はどこにでもいる。3つの視点で綴られる異形の者のドラマ

「怪物だ~れだ」という子供の声が印象的な予告編でおなじみの是枝裕和監督の新作映画「怪物」。あれはゲームのかけ声だったのね。

この映画、これまでの是枝作品とは大きく違う。脚本を是枝監督ではなく、映画「花束みたいな恋をした」やテレビドラマの脚本で知られる坂元裕二が担当しているのだ。そのせいか、扱うテーマは共通しているものの、これまでの是枝作品とは明らかに違う雰囲気を持つ。

オープニングからサスペンスの魅力が全開だ。妖しい雰囲気がスクリーンに満ち満ちている。

ドラマは火事のシーンから始まる。ビルが火災にあう。それをマンションから眺めている小学5年生の湊(黒川想矢)と母の早織(安藤サクラ)。早織は夫に先立たれた(その死には裏事情があることが後々語られる)シングルマザーである。

まもなく、早織は湊の様子がおかしいことに気づく。問い詰めると、担任の保利(永山瑛太)に暴言を吐かれ体罰を受けたと告白する。早織はすぐに学校に抗議する。

だが、学校側の態度は誠意のないものだった。官僚的な答えを繰り返しし、形式的な謝罪に終始する。校長(田中裕子)の対応は煮え切らず、担任の保利に至っては、湊が同級生の依里(柊木陽太)をいじめていると言い出す始末だった。

と、ここまで観ていて腹が立って仕方なかった。なんだ? あの学校側の態度は? まるで国会の答弁ではないか。「誤解を与えたとすれば遺憾です」みたいな謝罪なのだ。オメェ、ふざけんじゃねえぞ!

「怪物」とは担任の保利か。はたまた校長か。いやいや、学校側全員かもしれないな。 

 しかし、何かがおかしい。どこか腑に落ちないものがある。そういえば早織の抗議も執拗で過激ではないか。何度も抗議を重ね、そのせいで保利は辞職してしまう。え? もしかして早織も怪物?

やがて台風が近づいたある日、新たな事件が起きる。

ここでドラマは第2部に突入する。最初の火事の場面に戻るのだ。そして、今度は担任の保利先生の視点で描かれる。

生徒思いの教師で、一人ひとりの生徒に寄り添おうとする。授業では、自分の子供時代の作文を読むひょうきんな側面もある(西田ひかると結婚したかったそうです)。私生活では恋人がいて(高畑充希がいい味出している)、まさに充実の毎日。

いい人じゃん、この先生。怪物なんかじゃないじゃん!

だが、ふとしたはずみで湊の顔に手が当たる。これがきっかけで、どんどん彼は追い詰められ、転落していく。

そして台風が近づいた日、彼は真実を知る。

その後は第3部に突入する。今度は湊の視点から同じ出来事が描かれる。彼と同級生の依里の微妙な関係と、その周辺でうごめく子供たちのドラマだ。ここでも、ドラマはまったく違った様相を見せていく。

こうして視点を変えて同じ出来事を描くパターンは、けっして珍しいものではない。だが、坂元の脚本は小ネタ(作文の暗号とか)までこだわって考えられているし、是枝監督の演出もいつも通りの冴えを見せている。おかげで、同じ場面を繰り返しても単調になることはない。

そこから浮かび上がるのは様々な「怪物」の姿だ。それはけっして特別な存在ではない。見方によっては誰もが怪物とされてしまうのだ。

さらに、そこには様々な社会問題も横たわっている。異形の者に対する排他性、子供たちへの圧力、学校の閉鎖性や隠蔽体質、SNSやマスコミにあふれる悪意などなどだ。

こうしたことは、これまでの是枝作品でも取り上げられてきたが、坂元の脚本によって物語としての面白さがより前面に出ている。繊細に人間の内面を描く是枝演出と、テレビドラマで鍛えられた坂元のドラマ運びのうまさが、見事にはまった感じである(欠点はやや詰め込み過ぎの感があるところか)。

最後に、第3部でクローズアップされる湊と依里の関係について述べたい。この映画はカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。同時に、LGBTクィアを扱った映画を対象に贈られるクィア・パルム賞も受賞した。

そこからもわかるように、同性愛的な側面があるのは確かだ。だが、それをまだ子供ゆえに明確なものとせず、何だかわからないものとして描いているのが本作の特徴。これもまた怪物なのである。そこには親の期待が圧力となって、それに苦しむ2人の姿も描かれる。

さらに、同性愛にとどまらず、社会の異形の者に対する冷たい視線をあぶり出しているところが、この映画の秀逸なところだろう。湊と依里のように悩み、迷い、苦しんでいる無数の人々をも、この映画は射程に捉えている。

湊と依里が廃電車(路面電車?)で過ごす場面が美しい。その2人が嵐の先にたどり着いたのは、はたして希望の未来なのか。それとも……。それを決めるのは私たちなのかもしれない。

ちなみに、2人の子役(黒川想矢、柊木陽太)が素晴らしいのだが、是枝監督はいつもの子役演出(子役に台本を渡さずに撮影する)を封印し、普通に台本を渡してリハーサルさせたとのこと。それでも、子役使いのうまさは今回も不変。それも本作の大きな魅力になっている。

観た後に色々と考えさせられる点では、これまでの是枝作品と同様だろう。今年有数の一作であることは間違いない。随所で鳴る坂本龍一ピアノ曲も美しい。

◆「怪物」
(2023年 日本)(上映時間2時間5分)
監督:是枝裕和
出演:安藤サクラ永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希角田晃広中村獅童、田中裕子
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

 


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