映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「悪は存在しない」

「悪は存在しない」
2024年4月26日(金)Bunkamuraル・シネマにて。午後4時より鑑賞(C-14)

~森を舞台にした濱口竜介監督の新作。シンプルなストーリーの向こうに深いテーマがある

 

濱口竜介監督といえば、一般にはアカデミー国際長編映画賞、カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」や、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した「偶然と想像」、あるいは商業映画デビュー作の「寝ても覚めても」あたりが知られているところだろう。

だが、個人的にはそれ以前に撮った「ハッピーアワー」が印象深い。30代後半の女性たちが抱える不安や悩みを描いたドラマで、実に総時間317分の長尺だが、少しも長く感じなかった。圧巻の映画なので、ぜひ観ていただきたい(配信はないようだがBlu-rayは出ているみたい)。

その「ハッピーアワー」では、演技経験のない人たちを中心に起用していたが、その中の渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之らが出演しているのが、新作映画「悪は存在しない」だ。

もともとは「ドライブ・マイ・カー」でタッグを組んだ音楽家・シンガーソングライターの石橋英子がライブパフォーマンスのための映像を濱口監督に依頼したことがきっかけで、石橋と濱口監督による共同企画として誕生した映画だ。

オープニングの映像がすごい。森の中の木々が下から上へと流れてゆく映像。あれはどうやって撮っているか。普通に木々を下方から撮影したものだろうか。いずれにしても、森の奥深くへと吸い込まれるような感覚を味わった。深遠で荘厳な映像で一瞬にしてスクリーンに引き込まれた。

その後は、ある男が薪を割り、井戸の水を汲み、自然と共生している姿が描かれる。便利屋を営む巧(大美賀均)。自然豊かな長野県水挽町で、巧は娘の花(西川玲)と慎ましい生活を送っていた。

巧と花は、森の中を歩きながら木々の名前を確認しあう。その中には、鹿に芽を食われた木もある。ここでは鹿が普通に出現し、それを狩る猟師もいる。森の中には鹿の死骸も転がっている。

こうして自然の奥深さと、そこで暮らす人々の暮らしぶりをドキュメンタリー風に描き出した序盤だが、その後ドラマは新たな展開を見せる。東京の芸能事務所がこの地でグランピング場を設営する計画が持ち上がり、地元の住民に向けた説明会が開催されるのだ。

この説明会の場面が圧巻だ。芸能事務所から出席したのは、高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)という2人の社員。計画の概要を説明し、住民の声を聞くと宣言した彼らに、厳しい声が寄せられる。施設に設置される浄化槽は、結果的に町の水源に汚水を流すのではないか。あるいは、スタッフの配置が十分ではなく山火事を起こす危険性があるのではないか。

話を聞くうちに住民の間で次第に動揺が広がり、次々に声が上がる。高橋は住民の疑念に対して「貴重なご意見」と紋切り型の対応をするが、厳しい声の連続にだんだん投げやりになってくる。それをフォローするように黛が真摯に住民の声を受け止める。異様な緊迫感に包まれたリアルな場面だ。

しかし、両者に歩み寄りの余地が全くなかったわけではない。地元の区長は「水は低い所へ流れる、上流の方でやったことは必ず下に影響する」と自然破壊を危惧しつつ、今後も話し合いを続けることを提案する。巧も「自分たちも入植者であり自然を破壊してきた。要はバランスの問題だ」と訴える。

その後、高橋と黛は東京に帰り、事務所社長とコンサルタントに計画の白紙撤回を訴える。しかし、新型コロナ対策の補助金を手にしたい社長は、計画通りに着工する意思を変えず、高橋と薫に巧を利用して住民を懐柔するように命じる。

仕方なく2人は再び長野に向かう。その車中の2人の会話を長回しで映し出す(車中の会話を映すという点では「ドライブ・マイ・カー」を想起させる)。そこでは2人の現在地が語られる。高橋と黛もそれぞれに事情を抱えて、現在の職に就いたことがわかる。彼らの人生がそこから浮かび上がる。彼らとて決して悪人ではないのだ。

というわけで、本作はそのタイトル通りに単純な善悪、被害者と加害者という図式を排したドラマだ。現在の資本主義の下、自然に対しては誰でも加害者にも被害者にもなる可能性がある。いや、それは自然に限ったことではないのかもしれない。そうした中から、本作のテーマが浮き上がってくる。自然を守ることの難しさや、開発と環境保護のバランス、さらには対立する者たちの対話の可能性などだ。そこには、混迷を深める世界情勢も視野に入っているのかもしれない。本作は、そうした視座を持つ作品なのだろう。

だが、その先に待っていたのは驚きの展開だ。1人で森に入った花が行方不明になり、高橋と薫も捜索に加わるのだが、その果てに衝撃的な出来事が起きる。唐突と言ってもいい。正直あっけにとられた。濱口監督が安易に観客に迎合しない映画作家だと知ってはいたが、これほどまでに観客を突き放すとは。

あのラストは何を意味しているのか。自然との共生の困難さを訴えているのか。それとも……。それは、観る人それぞれが考えるしかない。私も一瞬混乱し、心が乱れ、その後に様々なことに思いをはせた。

濱口監督の映画では、役者たちはセリフを棒読みするところからリハーサルがスタートする。そこに真の感情を宿らせる。いわゆるドラマチックなセリフ回しはない。本作でも、この手法を採用したのかどうかは知らないが、役者たちは一様にリアルな言葉を吐いている。

特に主演の大美賀均は、本職の役者ではなくスタッフ側の人間だという。セリフは少ないながらも、その声に加え無骨な雰囲気を漂わせる風貌が、とてつもない存在感を放っていた。何を考えているのかわからない表情が、この映画のミステリアスさを倍加させている。

新人子役の西川玲、開発側の人間の小坂竜士と渋谷采郁らも、印象に残る演技だった。

音もこの映画の主役だ。特に自然の描写が多く無音の場面も多いだけに、その中で聞こえる音がストレートに心に響く。もちろん石橋英子による音楽も、もともとパフォーマンス映像から出発した企画だけに、効果的に使われていた。

いやぁ~、なんだかすごい映画を観てしまった、というのが観終わった感想だ。ある意味、これほど奥の深い映画はないだろう。観客の想像力を激しく刺激する。個人的にはラストの展開などは黒沢清監督の作品を連想した。ストーリーはシンプルだが、その向こうにあるテーマは世界の名だたる映画作家の作品と同じようにスケールが大きい。それが海外の映画祭で濱口監督が評価される理由なのだろう。

というわけで、本作も第80回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞したほか、国際批評家連盟賞、映画企業特別賞、人・職場・環境賞の3つの独立賞を受賞している。

◆「悪は存在しない」
(2023年 日本)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:濱口竜介
出演: 大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之、鳥井雄人、山村崇子、長尾卓磨、宮田佳典、田村泰二郎
*Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームページ https://aku.incline.life/

 


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