「幻の光」(デジタルリマスター版)
2024年9月4日(水)シネ・リーブル池袋にて。午後2時55分より鑑賞(シアター1/D-8)
~是枝裕和監督のデビュー作がデジタルリマスターに。一人の女性の喪失と再生のドラマ
「ナミビアの砂漠」の衝撃は大きく、もう一度観て色々と再確認しようと思ったものの、結局今週はまた映画館に行けず。もともと大学病院の定期通院の予定が2件もあったのに加え、それとは別の症状が出たため別の病院に行って検査することに。私は病気のデパートか? まあ、幸い大きな異常はなかったので良かったが……。
というわけで、10日ほど前に観た映画の感想をお届けします。
家のそばのTSUTAYAで以前はかなり頻繁にレンタルDVDを借りていた。その時に、気になって借りよう借りようと思っていた映画がある。是枝裕和監督の映画デビュー作「幻の光」だ。
しかし、結局借りないままで終わり、TUTAYAはその後「蔦屋書店」に変わり、今月ついに閉店することになった。最近はあまり足を運ばなかったとはいえ、寂しい限りである。
その「幻の光」がデジタルリマスター版になり、8月上旬から各地の劇場で上映されるという話を聞いた。本作が輪島市でロケをしたことから、その恩返しの意味で能登半島地震の支援(収益を寄付する)ために上映されるのだという。ということで、池袋の映画館でようやく「幻の光」を観ることができた。
宮本輝の小説の映画化だ。冒頭は主人公のゆみ子の幼少時代が描かれる。12歳の時、祖母が「四国で死にたい」と家を出る。どうやら認知症の気配があるらしい。しかし、ゆみ子は祖母を止めることができなかった。その後祖母は行方不明になる。ゆみ子はそのことを深く悔いている。
実は、この冒頭の場面は、25歳になったゆみ子(江角マキコ)の夢の場面なのだった。彼女は郁夫(浅野忠信)と結婚し、長男の勇一も生まれていたが、今も時々幼い時の夢を見てしまう。それでも、傍目には幸せな暮らしを送っているように見えた。
だが、ある日、突然、郁夫は自転車の鍵だけを残して自殺してしまう。何の前触れもなかった。
それから5年後、ゆみ子は日本海に面する奥能登の小さな村に住む民雄(内藤剛志)と再婚する。民雄は先妻に先立たれ、娘の友子と父と暮らしていた。
これで民雄がDV男だったりすれば、大波乱のドラマとなるのだが、そんなことにはならない。民雄はとても優しく、勇一のことも可愛がる。ゆみ子と民雄は幸せに暮らす。
だが、それでもゆみ子の心には郁夫の影が残る。特に、弟の結婚式のために里帰りしたのを機に、その影が大きくなる。
是枝監督はゆみ子の心理を繊細に切り取る。それまでドキュメンタリーの演出をしていたことも関係しているのかもしれないが、長回しの映像を多用し、台詞以外の部分で心の揺れ動きを巧みに表現する。
このあたりは、その後の是枝作品に通じる部分だろう。そのおかげで、静かでそれほど波乱のない映画なのに、最後まで目が離せない。
人物以外のショットも効果的に使われる。特に、海に面した能登の雄大な自然の風景をそこかしこに挿入し、情趣を高める。
終盤が圧巻だ。あることから家を出たゆみ子が、葬列の後を追う。それを海を背景に遠方からとらえた映像は、まるで絵画のようで心を深く突き刺す。
その後、海辺の岩場で燃える柩の火を見つめ、たたずむゆみ子が、民雄に「なぜ、郁夫が自殺してしまったのか、未だにわからない」と告げる。それに対して民雄が「幻の光」の話をする。このシーンも圧倒的に素晴らしい。
そしてラストでは、ゆみ子の新たな人生がさりげなく示唆される。
是枝監督のその後の作品に通じる要素がたくさん詰まった映画。勇一と友子の交流する場面が生き生きと描かれるのも、子役の使い方が巧みな後年の是枝作品に通じるところかもしれない。
静謐でありながら様々なゆみ子の感情が浮かび上がる。まさしく彼女の喪失と再生を描いた作品といえるだろう。29年経ってもその輝きは色あせない。
ゆみ子を演じた江角マキコの存在感が際立つ。本作が彼女の俳優デビュー作だが、演技の巧拙という次元を超えて、ゆみ子の魂を見事にスクリーンに刻み付けていた。いろいろあって2017年に芸能界を引退してしまったのが惜しいところ。
その他にも、若き日の浅野忠信、内藤剛志らの演技が本作で堪能できる。現在の彼らと比較するのも一興。木内みどり、大杉漣、桜むつ子、市田ひろみ、寺田農などすでに鬼籍に入った人々が多いのが時代を感じさせる。ちなみに、柄本明は当時から老け役だったのね。
長いこと念願だった映画をスクリーンで観ることができて、とても良い時間を過ごせた。心に染みる映画だった。
◆「幻の光」
(1995年 日本)(上映時間1時間50分)
監督:是枝裕和
出演:江角マキコ、浅野忠信、柏山剛毅、渡辺奈臣、吉野紗香、木内みどり、大杉漣、桜むつ子、赤井英和、市田ひろみ、寺田農、内藤剛志、柄本明
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