「国境ナイトクルージング」
2024年10月19日(土)新宿ピカデリーにて。午後1時40分より鑑賞(シアター5/B-11)
~若い男女3人が一緒に過ごした数日間。繊細な描写が光る青春映画
とっくの昔に青春時代など終了してしまったが(いくつになっても青春!なんてことはこの際置いといて)、それでも青春映画には心動かされるものがある。
「国境ナイトクルージング」は、シンガポール人監督アンソニー・チェンが、北朝鮮と国境を接する中国の辺境の街を舞台に描いた青春映画だ。
ちなみにチェン監督は2013年の長編デビュー作「イロイロ ぬくもりの記憶」で第66回カンヌ国際映画祭カメラドールを受賞している。シンガポール人一家とフィリピン人のメイドとの心の交流を描いた作品で、繊細な感情描写が見事だった。
若い3人の男女の物語だ。北朝鮮との国境沿いの街、延吉。友人の結婚式に出席するため上海からやって来た青年、ハオフォン(リウ・ハオラン)は帰りの飛行機までの時間つぶしに観光ツアーに参加する。そこでスマホをなくしてしまったハオフォンは、それがきっかけで若いツアーガイドのナナ(チョウ・ドンユイ)と親しくなる。ナナはハオフォンを夜の街に誘う。そこには彼女の男友達で料理人のシャオ(チュー・チューシアオ)がいた。3人は楽しい一夜を過ごす。翌朝、寝過ごしたハオフォンはフライトを逃し、シャオの提案で3人はバイクに乗って国境クルージングに出かける……。
というわけで、ナナ、ハオフォン、シャオの3人が一緒に過ごした数日間を描いたドラマである。
女性1人、男性2人の組み合わせは青春映画ではよくあるバターン。フランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」もそうだったし、三宅唱の「きみの鳥はうたえる」もそうだった。
そんな中、本作で特徴的なのは北朝鮮との国境の街、延吉が舞台だということ。そこは極寒の地。冬は氷と雪に覆われる。この映画の冒頭では湖から氷を切り出す場面が映る。凍てつくような寒さがこの映画全体を支配している。
そしてもう一つの大きな特徴は、3人の男女それぞれに心の傷があるということ。ツアーガイドのナナが、冒頭近くで自分の足首を気にしている場面が映る。有望なスケート選手だった彼女は、大きなケガを負って選手を断念した。今は遠いこの地にやってきて生活費を稼ぐためガイドをしている。
ハオフォンも心の傷がある。親に言われるままエリート金融マンになった彼だが、今は心のバランスを崩している。やはり冒頭近くに登場する友人の結婚式シーン。朝鮮族風のド派手な結婚式が行われている。そこで歌い踊るハオフォン。だが、次の瞬間、精神科クリニックらしいところから電話がかかる。さらに彼は不審な動きをする。
一方、気ままに見えるシャオだが、若くして進学をあきらめて、この地で叔母が営む食堂のレストランの料理人になった。しかし、どうやら現状に閉塞感を感じているらしい。
というようなことは、明確な説明がされるわけではない。3人の背景の多くは明かされず、3人が過ごす時間の積み重ねの中から観客が探っていくしかない。それもこの映画の特徴だ。
3人は様々な場所を訪れる。凍てつく国境地帯、それとは一転してネオンきらめくナイトクラブ、静寂の中の真夜中の動物園などなど。彼らは酒を飲み、踊り、ナナの家に泊まって絆を深めていく。書店に足を運んだ時には、窃盗未遂までするやんちゃなシーンもある。これぞまさに青春というわけだ。
だが、同時に、彼らの関係性には危ういものがある。シャオはナナと親しくなりたいと思っているが、ナナはハオフォンと親密な仲になる。シャオはそれを知り、複雑な感情を抱く。だが、ナナとハオフォンの関係もけっして長続きするものではない。
チェン監督は、持ち前の繊細な描写力で、3人それぞれの心理と危うい関係性を描き出していく。3人の心は沸き立ち、戸惑い、悩み苦しむ。その心理の変化をセリフに頼らず、俳優たちのしぐさや表情の微妙な変化でとらえていく。観客はそれをじっと見つめながら、彼らの心の内を探っていくことになる。
終盤には驚きのシーンが用意される。3人は長白山という山に出かける。頂上に広がる天池と呼ばれるカルデラ湖を見に行くのだ。そこで、彼らは伝説に登場するある動物と遭遇する。このシーンが圧巻。それは幻想か、現実か。彼らはそれを見ていったい何を思ったのか。
最後には、3人が新たな道を選択していくであろうことが示唆される。迷える魂が触れ合った数日間は、確実に彼らを変えたのだ。本作の英語題の「THE BREAKING ICE」がこの映画の本質をついているようにも思える。青春の苦さと甘さが同時に刻み付けられた映画だ。
チェン監督の演出に応えた3人の俳優の演技も素晴らしい。ナナを演じたチョウ・ドンユイは「少年の君」「ソウルメイト 七月と安生」などで日本でもおなじみ。中国では「13億人の妹」と呼ばれていたが、最近は人口が増えたので「14億人の妹」になったらしい(笑)。まあ確かに童顔でかわいらしいんだわ。いかにも「妹」キャラ。でも、さすがに30歳を超えているし、今回はたばこスパスパで酒をガブガブ。童顔なのでそれがまた変な魅力になったりするわけだが、それも含めてしぐさや表情などセリフ以外で心の内を表現する演技が絶品。個人的に大好きだなぁ。この人。
ハオフォンを演じたリウ・ハオラン、シャオ役のチュー・チューシアオも同様に見事な演技。チューは劇中で、ナナの部屋にあったギターをつま弾きながら歌声を聞かせるのだが、これが素晴らしい歌声だった。
コロナ禍でもあり、極寒の地ということもあって、撮影には相当苦労したようだが、上質の映画になったと思う。青春映画の佳作と言っていいだろう。
◆「国境ナイトクルージング」(燃冬/THE BREAKING ICE)
(2023年 中国・シンガポール)(上映時間1時間40分)
監督・脚本:アンソニー・チェン
出演:チョウ・ドンユイ、リウ・ハオラン、チュー・チューシアオ
*新宿ピカデリーほかにて公開中
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