「徒花-ADABANA-」
2024年10月21日(月)テアトル新宿にて。午後2時30分より鑑賞(A-11)
~クローンを巡る近未来SF。アートのような独特の映像世界
午前中で仕事が終わった。時間が空いたので映画を観よう。でも、明日は朝早くバイトの予定があるから、あんまり遅くはなりたくない。
というので選んだのは「徒花-ADABANA-」。1時間34分というコンパクトな上映時間だ。これならちょうどよい。
長編デビュー作「赤い雪 Red Snow」(2019年)で注目された甲斐さやか監督による長編第2作。前作はサスペンスだったが、今回は一転して近未来SFだ。
裕福な家庭に育った新次(井浦新)は妻と一人娘の3人で暮らしていたが、重い病を患い病院で手術を受けることになる。手術を前に、臨床心理士のまほろ(水原希子)のカウンセリングを受けるが、新次は不安が拭えない。そんな中、新次は裕福な人間だけに身代わりとして提供される、「それ」と呼ばれるクローンに合わせてほしいとまほろに懇願する……。
前作では主役を演じていた永瀬正敏が脇に回り主治医を演じる。代わって井浦新が今回の主役だ。
ドラマの冒頭、出生率が低下する中でクローン技術に注目が集まり、人々は「それ」と呼ばれる自分と同じクローンを持つようになったことが告げられる。国家は最新技術を用いた延命治療を推進している。ただし、それはあくまでも上流階級の人々だけの特権。直後に上流階級だと偽って手続きに訪れた親子連れが、捕まる場面が映し出される。
ドラマは新次とまほろの会話を軸に進められる。新次は自分のクローンから臓器移植を受けるらしい。まほろは新次に過去の記憶をたどるように勧める。それが手術には良いという。だが、そのことが不安を抱えていた新次をさらに不安にする。
というわけで随所に回想場面が描かれる。幼い頃の母(斉藤由貴)との思い出(この母が何やら怪しげなのだ)、父の大切にしていたものを手にかけた記憶、そして手術が終わったクローン人間を捨て去る場面を目撃した記憶……。
大人になってからの記憶もある。それは海辺で知りあった謎の女性(三浦透子)の記憶だ。新次は今の結婚は政略結婚だという。ということは、この女性が愛する人だったのだろうか。
しかし、こうした回想シーンは断片的で、よくわかりにくい。アップを多用していることも、そのわかりにくさに拍車をかける。そのあたりは観客の想像力に委ねているのだろうが、もう少しクリアにしても良かったのではないか。全体にメリハリに欠けるのも欠点だと思う。
その代わり、映像は素晴らしい。前作でも映像の素晴らしさが際立っていたが、今回はそれとは次元の違う素晴らしさだ。回想シーンの美しさはもはやアートだし、無機質な病院やその周囲に広がる深い森なども美しすぎる映像。美術、音響も見事で独特の映像世界を構築している。
ドラマは新次が、「それ」、つまり自分のクローンと対話するところから大きく動く。それは、明らかに自分とは違う性質を持っている。はたして、その臓器をもらうことは正しい選択なのか。
その結論は伏せるが、けっして晴れやかなエンディングとはいかない。カタルシスを求めると裏切られる。
この手のクローンを巡る物語はSFでは珍しくない。そうした中で本作はディストピアを描いているというよりは、クローンという存在を通して、人生や生命、死について考える映画と言えるだろう。
何度も言うが、最後の最後まで徹頭徹尾、映像が素晴らしい。それを堪能しているだけで1時間34分があっという間だった。そのぐらい圧巻の映像だった。
井浦新は相変わらず見事な演技。もちろん新次本人とクローンの二役を演じているのだが、それをきちんと演じ分けている。いまさらながら凄い役者だ。
水原希子のミステリアスさも良かった。
◆「徒花-ADABANA-」
(2024年 日本)(上映時間1時間34分)
監督・脚本・製作:甲斐さやか
出演:井浦新、水原希子、三浦透子、甲田益也子、板谷由夏、原日出子、斉藤由貴、永瀬正敏
*テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://adabana-movie.jp/
*はてなブログの映画グループに参加しています。よろしかったらクリックを。
*にほんブログ村に参加しています。こちらもよろしかったらクリックを。